ウェブ1丁目図書館

読書で得ること感じること。ここはウェブ1丁目にある小さな図書館です。本の魅力をブログ形式でお伝えしています。

現代人が直面する課題は定住生活がもたらした

事実は変わらないけども、歴史は変わるもの。

事実も歴史も同じだと思ってしまいますが、歴史には、事実について何かしらの解釈が含まれています。また、これまでは事実とされていたことが、研究が進むことにより事実ではなかったということも明らかにされます。

学校で習う歴史は、その時は事実と考えられている事柄ですが、卒業後に変わることがあります。だから、学校を卒業してから歴史の本を読むと、自分が習ってきたこととは違う内容に驚くとともに新たな興味が湧いてきます。

定住生活で健康状態が悪化

京都産業大学経済学部教授の玉木俊明さんの著書『先生も知らない世界史』は、学校で習った世界史とは違う角度から歴史を学びなおすことができます。学校の世界史の授業では取り上げられなかった内容が多く、新たな発見がいっぱいありました。

現在では、定住生活が当たり前になっていますが、人類が定住生活を始めたのは、今から約1万年前のことです。この頃には、狩猟採集から農耕へと、人類の生活スタイルが変わり始めていました。

狩猟採集から農耕に移行すると、どのような利点があるかは、すぐに思いつくことでしょう。農耕は安定的に食料を確保し備蓄もできます。一方、狩猟採集は、食料を得られる時もあれば得られない時もあり、備蓄もできません。

だから、農耕は、それ以前の狩猟採集時代よりも飢える危険が少なかったと考えられてきました。

しかし、研究が進むにつれ、人類は定住生活により、不健康になっていったことがわかりはじめました。ギリシアとトルコで発見された骨格を調べると、氷河期末期の1万年前の狩猟採集民の平均身長は、男性が180cm、女性が168cmでした。これに対して、紀元前3000年の農民は、男性が162cm、女性が152cmだったのです。このことから、推測できるのは、狩猟採集民の方が栄養状態が良かったということです。

アメリカで発見された骨格からは、農業が誕生する前の人々の平均寿命が26歳だったのに対し、農業が登場してからは19歳に縮んでいることもわかりました。

定住生活は人類史上最大の過ち

歴史家のジャレド・ダイアモンドさんは、定住生活は人類史上最大の過ちと述べています。

彼によると、農業は以下の3つの理由から身体に悪いとのこと。

  1. 初期の農民は、1種類か2種類の食料しか入手できず、カロリー数が少なく栄養状態が悪かった。
  2. 非常に限られた作物に依存していたので、作物が育たなかったときに飢饉に見舞われる危険性があった。
  3. 農業によって人々が密集し、他地域と商品を交換するようになったことで、寄生虫や伝染病が広まった。


3番目については、現代でも起こっていることで、新型コロナウイルスの蔓延は定住生活のそもそもの欠陥によるものなのです。また、農業社会は人々に格差を作り出しましたが、これも、現代では大きな問題となっています。

そして、戦争も農耕が原因で起こったことを知っておく必要があります。人類の誕生は700万年前とされていますが、定住生活を始めたのは、ほんの1万年前のことです。狩猟採集生活こそが最も成功し、長く続いた生活様式だったのです。

人口と産業革命

現代では、西洋諸国の方がアジア諸国よりも豊かです。そのためか、歴史的にも、西洋諸国が豊かで、アジア諸国が貧しかったと思われがちです。

しかし、西洋諸国がアジアより豊かになったのは、産業革命以後のことです。それ以前は、ヨーロッパはアジアから香辛料を輸入していましたが、アジアはヨーロッパから輸入するものはありませんでした。アジアの国々は、自前で必要なものを確保できていたのです。

産業革命は、西洋とアジアの立場を逆転させることになりましたが、その要因となったのは、人口と自然の恵みの差でした。

このように聞くと、西洋の方が人口が多く、自然も豊かだったから産業革命が起こったと思うでしょうが違います。西洋は、アジアと比較して人口が少なく、自然の恵みも少なかったから産業革命が起こったのです。

アジアでは米を育てることができましたが、ヨーロッパでは植生が悪く米よりも生産性が低い小麦や大麦を食べていました。そのため、アジアより人口の伸びが低い状況でした。

人口が少ないヨーロッパでは、人間は希少財だったためアジアよりも高賃金でした。そのため、ヨーロッパでは、機械化を進めることで賃金を抑制しようとの動きが強くなり、工業化が進んだのです。

産業革命が起こった理由を見ると、経済成長には人口増加が必要だとの主張が怪しいことに気づきます。少子化対策をすれば経済が成長し、賃金や給料も上がると考えられていますが、歴史を見れは、むしろ、人口が少ない方が賃金も給料も高く、産業も発達しているのです。

日本でも、第2次ベビーブーム世代よりも、それ以外の世代の方が就職しやすい状況にあったのですから、人口増加が本当に経済に良い影響を与えてきたのか、再考する必要があります。

さて、産業革命と聞くと、経済成長率が非常に高かったように思われます。ところが、アメリカの計量経済史家のジェフリー・ウィリアムソンさんの研究で、産業革命期イギリスの経済成長率は非常に低かったことがわかりました。1770年から1815年の経済成長率が年平均0.33%、1815年から1846年のそれが平均0.86%ですから、現代の視点で見ると、低成長な社会にしか見えません。

産業革命期イギリスの経済成長率が低かった理由は、戦争をしていたからだというのが通説です。しかし、玉木さんは、産業革命が起こったのは、国境を越えた国際貿易商人の非合法貿易のネットワークが理由だと指摘し、産業革命期イギリスの経済成長率の低さを通説とは違う視点で分析しています。

経済発展の限界

現在の経済システムは、未開拓の土地を開拓するという近代に出来上がった発想が前提となっています。

例えば、アメリカ大陸を発見したら、アメリカ大陸を開拓することで経済成長を実現していきました。しかし、地球上には、もう未開拓の土地がないので、近代に出来上がったヨーロッパ型の経済システムは限界にきていると言えます。

人類が、1万年前に飢えから逃れるために選択した定住生活は、近代の経済システムへと繋がり、そして終わりを迎えようとしています。土地を耕すことで、いくらでも食料を手に入れられると考えた1万年前の人類にそこまでは想像できなかったでしょう。

もしも、人類が1万年前に狩猟採集の道を選んでいたら、現代のように技術が進んでいなかったかもしれません。しかし、狩猟採集を選択していれば、現在、人類にとって問題となっている事象も行っていなかったかもしれません。

歴史は、人類が犯してきた多くの過ちを現代人に教えてくれます。