ウェブ1丁目図書館

読書で得ること感じること。ここはウェブ1丁目にある小さな図書館です。本の魅力をブログ形式でお伝えしています。

太平洋戦争での多大な犠牲は食料生産を疎かにした結果

歴史の学び方は、古い時代から現代に向かって、事件や文化を暗記するのが一般的です。学校の社会の授業も、そのようになっています。

でも、自分の人生を振り返る時は、新しい事柄から古い事柄へと記憶をさかのぼっていくのではないでしょうか。

例えば、1年前にテレビを買い替えたことを思い出したとしましょう。なぜ、このテレビを買ったのか。それは予算におさまったから、メーカーが好きだったからなどの理由があるはずです。

「それにしても、高額なテレビを買ったな、なぜそんなにお金があったんだろう。そうそう、あの時は、会社の業績が良くてボーナスが多かったから奮発したんだ。でも、なぜ、このメーカーにしたんだっけ?以前のテレビも同じメーカーだったけど。そう言えば、このメーカはーは他社よりも保証期間が長かったんだ。」

このようにある事柄を起点にして、時を巻き戻すようにして記憶をたどると、なぜ、そのような行動をとったのか、理由も思い出しやすくなります。

太平洋戦争での敗戦

歴史も、自分の人生を振り返るように現代から古い時代にさかのぼることで、事件が起こった原因を理解しやすくなります。

考古学者で歴史作家の樋口清之さんの著書「うめぼし博士の逆・日本史」は、現代からさかのぼるように日本の歴史を解説しています。その第1巻では、昭和から明治までの事件を逆順に採り上げ、なぜ、その事件が起こったのかが説明されています。

日本の近代と現代の境目は1945年と考えられます。この年は、太平洋戦争に負けた年です。現代の日本社会の基礎は、この年から作られていきました。

日本が米国に降伏した直接の原因は、広島と長崎に原子爆弾が投下されたことにあります。でも、原子爆弾が投下される以前に東京大空襲があったのですから、その時点で、日本のどこが爆撃されてもおかしくない状況でした。

では、どうして日本本土が爆撃されるようになったのでしょうか。それは、1944年のレイテ沖海戦サイパン島で日本軍が負けて、米軍の爆撃機が日本本土まで飛んでこられるようになったからです。

1943年には、ガダルカナル島から日本軍は撤退していますし、1942年にはミッドウェイ海戦でも米軍に負けています。

こんなに負け続けているのなら、最初からアメリカと戦争をしても勝てないとわかりそうなもの。日本の上層部も、アメリカと開戦すると決断した時は、短期決戦に持ち込もうと思い、真珠湾攻撃を計画したのですが、思惑通りに行かなかったわけですね。

満州事変は食糧危機が原因

長期戦になれば勝てないであろう太平洋戦争に日本が突き進んだ直接の原因は、日本が中国対立に進出し、中国、アメリカ、イギリスなどとの経済的な利害対立が起こったからです。

では、日本は、なぜ中国大陸に進出しなければならなかったのでしょうか。

その理由は、現代の日本が潜在的に抱えている問題と同じです。

現代の日本の食料自給率はカロリーベースで40%未満です。日本は、明治以降の急激な人口増加で、食料自給率が下がる一方です。でも、現代の日本国民が飢えないのは、他国から食料を輸入するだけの経済的余裕があるからです。

明治までは、足りない食料を輸入に頼ることができていました。ところが、大正も終わりが近くなる頃、関東大震災が起きた前後に日本国内は大恐慌に陥り、失業者が街に溢れだすと、食料の確保が厳しくなります。

大恐慌による農村の打撃はひどく、出稼ぎに出ていた人が都会の業績不振を理由に故郷に戻らなければならなくなったため、わずかな収穫を大家族で分ける貧しい生活を強いられます。

豊作の時は米価が下がるので生活費をまかなえませんし、不作だと娘を売るか餓死するかの2択に追い込まれていました。

不景気は昭和に入っても解消せず、食糧危機はさらに深刻になります。そこで目を付けたのが満州の大豆でした。

経済恐慌によって国内に充満していた不平不満や国民の関心を外国に向け、当時、輸入禁止措置のとられていた満州大豆を確保し、同時に新しい植民地を得て、国内にあふれる余剰人口を吸収させ、政治危機を回避し、困難な食糧問題を一挙に解決しようと軍事行動を起こしたのが満州事変である。
要するに満州事変は大豆戦争であり、太平洋戦争は食糧戦争であるという見方が、はっきりとできるのである。(38~39ページ)

しかし、日本の思惑通りに大豆を確保することはできませんでした。

戦線拡大はタンパク源の安定供給のため

そこで、日本は太平洋の漁獲資源獲得に目を向けます。

第1次世界大戦を境に漁船発動機の発達が目覚ましく、日本の漁船は太平洋に乗り出し、タンパク源である魚の確保に力を入れます。ところが、その活動は、アメリカ漁業の水域まで侵し、日米関係が険悪になっていきました。

それが原因で、やがて日米が開戦にいたったことは容易に想像できるでしょう。

太平洋戦争で日本が負けた原因の1つに戦線拡大があります。太平洋から東南アジアまで戦線を広げ過ぎたため、物流が思うようにいかず、戦地への食料の補給も難しくなり、戦死者よりも餓死者の方が多かったところもあります。

しかし、太平洋戦争初期に日本軍が攻略したオーストラリアやガダルカナル島は、日本漁船の操業水域と一致しており、日本国民のタンパク源確保のためにここまで日本軍が出張らなければならなかったのです。

食料の補給を考えずに戦線を拡大したから戦争に負けたと言われることが多いです。でも、食料の確保のために戦線を拡大せざるを得なかったのが実情です。


太平洋戦争は食糧戦争だったというのが、樋口清之さんの見解です。僕も同意します。

日本が外に食料を求めなければならなかったのは、国内での食料生産を疎かにして人口増加を許したことです。

食料自給率が低い現代日本が、さらなる人口増加策を採れば、社会基盤をまずます脆弱にします。ひとたび経済封鎖が起これば、大多数の国民が飢えることになるのです。