周囲の空気を読めないと、その場の雰囲気をしらけさせる発言をしてしまうことがあります。
友人同士の会話の中で空気が読めなくても、それほど問題にはなりません。むしろ、それがその人の個性として評価されることだってあります。でも、集団での仕事やスポーツで空気が読めないことは、時に組織を危うい状況に陥らせることがあります。
当然、空気が読めない人は、集団での作業で高い評価を得にくくなるでしょう。だから、組織の構成員やリーダーが自分に何を望んでいるのかを察知することは、組織だけでなく自分にとっても多くの利点があります。
個人の能力が高くても組織から外に出される
サッカー日本代表にも選ばれたことがある中村俊輔さんは、子供の時からサッカーが非常に上手でしたが、中3の時にレギュラーメンバーから外されたことがあるそうです。
著書の「察知力」の中で中村さんは、中学時代にお父さまが撮影したサッカーの試合の8ミリ映像を見返して、我ながら当時の自分のプレイを上手いと感じたと述べています。中村さんは、中学2年生の終わりから試合に出るようになっていて、3年生になればレギュラーメンバーとしてプレイすることになるんだと思っていました。
ところが、3年生になった当初はレギュラーとして試合に出れたのですが、次第に試合のメンバーに選ばれなくなっていきます。個人技に優れていた中村さんは、自分のやりたいプレーばかりをやって、いい気になっていました。それがレギュラーから外された理由だそうです。
当時、サッカーはだんだん組織的なものへと変わっていた。ひとりでボールを持ち続けるのではなく、1タッチ、2タッチでどんどんパスを繋いでいくサッカーへと。
でも僕はそういうチームの変化を察知することができずに、自分のやりたいプレーをしていた。プロになってから、当時の試合のビデオを見たんだけど、こんなプレーしていたら外されてもしょうがないなと思った。でも、中学生の僕はそういうことに気がつかず、試合から外された不満を爆発させていた。
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この時の経験が、中村さんのサッカー人生に大きな影響を与えたのでしょう。どんなに優れた能力を持っていても、組織やリーダーが自分に何を求めているのかを察知する力がなければプロの世界で結果を出せないのです。
察知力は努力の方向を示してくれる
中村さんは、高校生になるとU-19日本代表に選ばれ、アジアユースにも出場するようになりました。
上のレベルに進めば進むほど、巧い選手が現れますし、新たな壁も出てきます。これらの障壁が出てきたときに対応する方法もありますが、中村さんは、次々と出てくるであろう壁を予測して準備し、壁に備えることを選びます。事前に壁を察知して準備をしておけば、気が付いた時にフッと壁を越えていたりもしたそうです。
ただがむしゃらに朝練習や真っ暗になるまで自主練習をやればいいってことじゃない。大事なのは常に未来を察知して、自分には何が足りなくて、何が必要なのか、危機を察知して準備すること、周囲の空気を読む、察知する力の重要性ということだ。
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人は、努力をしていれば結果がついてくると信じています。しかし、結果を求めている人の意図がわからない限り、どんなに努力しても、結果を出すことはできません。誰が何を自分に望んでいるのか、それを察知する能力を身につけて、初めて努力の方向が決まり、結果を出すことができるのです。
平均的な能力は武器になる
ヨーロッパのサッカー選手の多くは、これなら誰にも負けない、という武器を持っているそうです。日本でも、ビジネスの場面で短所の克服よりも長所を伸ばす方が大切だと言われることがあります。
少し前までは、日本人は長所を伸ばすことよりも欠点を克服することが大切だと言われることが多かったのですが、景気が悪くなるにしたがって、長所を伸ばせという論調が強くなってきたような気がします。
でも、ヨーロッパでのプレイを経験した中村さんは、平均的にいろんなことができる力は武器になると考えるようになりました。
あるブラジル選手は、とても高い攻撃力はあるけれど、守備が甘い。でも僕はどっちもできるように頑張った。選手の能力をいろんな項目に分けて、レーダーチャートを作ったときに、円を描けるようにしたいと。そしてその円を大きくしていくべきだと思った。ブラジル選手の高い攻撃力に勝つことは難しくても、安定感のある円で勝負したほうが、ポジション争いに勝てるはず。円でいるというのは、引出しの数が多いということでもある。
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自分がプレイしているチームの監督が、攻撃型なのか守備型なのか、個人技を好むのか集団戦を好むのか、いずれにも対応できるようにするためには、ある能力が飛びぬけているよりも、全ての面において平均的な方がレギュラーとして使ってもらえる確率は高くなります。
監督が変わってレギュラーから外されてしまったのでは、どんなに長時間練習をしても試合で結果を出せないのですから意味がありません。次の監督がどのようなサッカーを望んでいるのか、それを素早く察知して、監督が求める能力を身につけるために練習した方が、試合の出場回数が増えるでしょうし、結果を出す機会もたくさん訪れるはずです。
そして、どのような監督の下でもプレイできるようにするためには、欠点を無くしておくことが重要となります。得意分野の能力ばかりを伸ばしていたのでは、不得意分野を求める監督の下では何の役にも立ちません。
穴を無くすことは、新しい分野に挑戦することになります。得意分野を伸ばすことばかりを考えていると、新しい発見をする機会を逃してしまいます。もしかすると、苦手な分野の中に自分の能力を飛躍させるカギがあるかもしれないのですから、欠点を克服することにも意識を向けた方が良いでしょう。
欠点の克服は引き出しの数を増やす
また、欠点を克服するために新しい分野に挑戦することは、自分の引き出しの数を増やすことにもつながります。多くの引き出しを持っている人は、組織のリーダーから選ばれる機会が増えるものです。
「あいつは、この分野は不得意だから今回は使わないようにしよう」と思われるよりも、「あいつのことだから、もしかしたら、この分野でもそれなりに結果を残すのではないか」と思われた方が、スポーツでも仕事でも結果を出すチャンスが多くなるのは、容易に想像できるでしょう。
思うようにいかないことにぶち当たったとき、原因を察知する力。
上司から自分が求められていることを察知する力。
目標へ到達するためにやるべきことを察知する力。
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これらの察知力を身につけておくことで、自分が次にどこへ向かうべきか、そして、何を努力するべきかが分かるようになるはずです。
長所を伸ばすことばかりを考えていると、周囲が自分に何を求めているのか分からなくなっていきます。
そうなってしまうと、どんなに努力をしても結果が着いてくることはないでしょう。
結果を出すためには、周囲が何を求めているのかを察知して努力をすることが大切です。そのためには、欠点を克服して、なんでも平均的にこなせる能力を身につけておくことも大事なのではないでしょうか?
- 作者:中村 俊輔
- 発売日: 2008/05/01
- メディア: 新書