ウェブ1丁目図書館

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歴史上の事件の当事者の心理を読み解く

芥川龍之介の『羅生門・鼻』は、王朝物と呼ばれる平安時代を題材にした作品が収録されており、その中には、歴史上実際にあった事件を題材にしたものもあります。

「その話は知っているよ」という内容でも、芥川龍之介の視点は角度が変わっているので、新鮮さを感じますね。

殺人を計画する人間の心境

伊豆に流された源頼朝に平家追討の挙兵を促したのは、怪僧と呼ばれた文覚でした。のちに源頼朝は平家を滅ぼし鎌倉幕府を開くことになりましたが、文覚は、彼や後白河法皇の援助を受けて荒廃した京都高雄の神護寺を再興しています。

その文覚。元は遠藤盛遠(えんどうもりとお)という武士でした。

盛遠が出家したのは、不倫が原因です。「袈裟と盛遠」は、彼の不倫を題材にした作品です。

不倫の相手は袈裟という女性。そして、彼女の夫は渡左衛門尉で、盛遠とは顔見知りの間柄です。盛遠は、ある晩、袈裟に渡を殺そうではないかと持ち掛けます。特に渡に憎しみがあるわけでもなく、何度も袈裟にそう問いかけ、ついに彼女も承諾しました。

手口はこう。

夜、家の戸を袈裟が密かに開けておき、渡が眠った後、盛遠が寝首を掻く。


袈裟は、渡が嫌いだったわけではありません。だから、渡が盛遠に寝首を掻かれるのを阻止します。自分の命を犠牲にして。なぜ、命を捨ててまで袈裟は渡を守ろうとしたのか。それは、一言でいえば「けじめ」となるでしょう。彼女は、自分自身にけじめをつけるため死を選んだのです。

自ら死を選ぶ場合、自殺を考えるでしょうが、それでは、けじめがつけられません。

「不倫の代償は、自分だけでなく盛遠にも払わせる」

そんな思いが伝わってくる作品です。

鬼界が島の住み心地

鹿ケ谷の変は、公家たちが平家転覆を画策したとして、捕らえられ厳しい処分を受けた事件でした。

その密会には、俊寛も参加しており、事件発覚後は平清盛によって鬼界が島へ流されます。流罪となった俊寛は、鬼界が島で都に帰りたいと訴えながら残りの人生を過ごしたと伝えられています。その鬼界が島に流された俊寛を題材にした作品が「俊寛」です。

この作品では、俊寛に仕えていた有王が鬼界が島まで俊寛を訪ねていき、彼がどのような暮らしをしているかを確かめます。

鬼界が島に渡った有王が見た俊寛は、都にいた時とほとんど変わらぬ姿でした。

鬼界が島に流されたのは俊寛だけでなく、卒塔婆流しで有名な平康頼らもいました。俊寛以外は、後に罪を許され都に帰ることができましたが、俊寛だけはその罪を許されませんでした。彼ら、都に帰ることができた人々が、鬼界が島での暮らしは悲惨だったと言い、そして、俊寛もみじめな暮らしをしているに違いないと思われるようになったのかもしれません。

深層はどうかわかりませんが、芥川龍之介の「俊寛」に登場する俊寛は、鬼界が島で悠々と暮らしています。島民ともうまく付き合っているようで、これと言った不自由もありません。

島流しと聞くと、悲惨な生活を思い浮かべますが、案外、そうでもなかったのかもしれません。現代だと、東京からどこか田舎に引っ越す程度のことで、生活できないような僻地といった感じではなかったのでしょう。東京本社から地方の支社に単身赴任になる方が、当時の島流しよりもきつい可能性もあります。

人間関係の煩わしさから解放された俊寛は、もしかすると、芥川龍之介の「俊寛」に登場する俊寛のように気楽に余生を過ごしたかもしれませんね。