ウェブ1丁目図書館

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歴史上の人物の考え方を作家の視点から見る

歴史上の人物の性格は、ある程度わかっていることもあればわかっていないこともあります。

例えば、織田信長は短気、豊臣秀吉は人たらし、徳川家康は気長といった性格であったと、多くの人が言っています。一方で、古い時代の人物だと記録が少ないこともあり、その性格がわからないこともあります。また、歴史上の人物の性格は、後世の人が決めた部分もありますから、実際の性格が後世の人のイメージ通りだったかどうかはわかりません。

時代背景やその人物の業績から、推測したところもあるでしょう。

戦国時代の人物

作家の池波正太郎さんは、戦国時代、江戸時代、幕末維新の人物について語っています。その語り下ろしを収録した書籍が「男の系譜」です。

戦国時代、戦乱の世を終わりに導いたのは織田信長でした。信長は、先ほども述べたように短気でしたから、気に入らない人を容赦なく処刑していきました。これだけで、信長を残虐非道な人物と思ってしまいますが、彼がそのよな残虐な行為に及んだ理由については歴史的背景を考えなければなりません。

池波さんは、信長は天性、政治に対する感覚が鋭敏だったと語っています。

信長は、弟も叔父も殺しています。しかし、そうしなければ自分の思い描く政治ができません。現代だと邪魔者を排除する手段として殺人は許されませんから、別の手段を使って政界から退けることになります。成し遂げなければならないことがある政治家ほど、敵対する勢力を排除するものです。

だからこそ、きれいな政治というものを信用しないと池波さんは述べています。汚いもののの中から真実を通してゆくのが政治家だと。信長は、そういう政治家だったのでしょう。

織田信長は、料理にもうるさかったといいます。伊達政宗加藤清正も料理にはうるさかったそうです。料理にうるさいと言っても、他人が作った料理にケチを付けるということではなく、自分自身で台所に入って料理をするということです。

男が台所に入るものではないと言われるようになったのは江戸時代からとのこと。本来、料理に男女の区別はなかったんですね。

自分は何もせず、奥さんが作った料理を批判するオッサンは、自分の価値観を考え直した方がよろしい。

江戸時代の人物

江戸時代。それは260年続いた太平の世です。しかし、最初の頃は、旗本が威張っていて嫌な世の中だったようです。

その頃に幡随院長兵衛という人がいました。元は武士の生まれで、侠客の元祖と言われている人物です。当時の旗本たちの中には、町人に乱暴狼藉を働く不埒な者がいたのですが、そういう連中を懲らしめたのが、幡随院長兵衛です。

戦国時代も終わり、数十年経つと、戦を知らない旗本がたくさん現れます。彼らは、祖父や曾祖父の手柄で今の地位を得たのであり、自分自身では何もしていません。だから、自慢できることは、自分の先祖が戦国時代に活躍したことくらいなものでしょう。ただ、それだけで威張り散らし乱暴を働くのですから、町人にはたまったものではありません。

世の中が平和になったのに旗本たちが暴れ回っていることに幕府も手を焼いていたのですが、今の徳川があるのは彼らの先祖のおかげだから、取り締まることをためらいます。

そんな時に幡随院長兵衛が登場したんですね。

しかし、長兵衛は、旗本の親分である水野十郎左衛門の手下に殺されてしまいました。それから6年の間、水野十郎左衛門は無頼を続けていましたが、幕府から切腹を命じられ、この世を去りました。

平和な世の中では、先祖の功績など何の意味もありません。むしろ、何かと「ご先祖様を敬え」と言うことの方が害があるのではないでしょうか。

幕末維新の人物

幕末の大老井伊直弼は、安政の大獄で勤王の志士たちを弾圧したことで知られています。

その井伊直弼の子孫で彦根市長をされていた方に池波さんは会ったことがあるそうです。

池波さんが彦根で講演をした後、市長主催の宴会が催され、その席で長唄を歌った話。

三味線を弾いてくれたのは、市長の井伊さんとその弟さんでした。井伊さんは、座興にもかかわらず、三味線を真剣に弾きました。その姿を見た時、池波さんは、大名とはこういうものなんだなと感心したそうです。

大名は、何をやるのも真剣そのもの。しかも、自分が何か得をしようと思ってやっているのではありません。きっと、井伊直弼もそういう人物だったのでしょう。安政の大獄には否定的な意見が多いですが、井伊直弼は自分の利益のために弾圧したのではなく、日本のため、あるいは幕府のために弾圧したに違いありません。

一方の明治維新を実現した勤王の志士たちはどうだったでしょうか。維新が成るや、利権を漁る、地位を漁る、名誉を漁る、そんな連中ばかりですよ。それが嫌になって中央政界から身を引いたのが西郷隆盛だったわけです。

もともと多くの勤王の志士には、何らの見識もありませんでした。ただ幕府を倒して出世することが目的ですから、幕府が開国すると言えば、自分たちは鎖国しろと言って暴れるだけ。池波さんは、反対のための反対という風潮は幕末維新から生まれたと述べています。

現代でも、国会では、与党の政策に野党は反対します。与党の言っていることがもっともであっても、とにかく野党は反対します。国民にとって何の利益もありません。


男の系譜では、他にも真田幸村大石内蔵助徳川家茂などの人物について池波さんの語り下ろしが収録されています。池波さんの考え方の中には現代社会には合わないものもありますが、これからの社会に必要な考え方もあります。

それら諸々の池波さんの考え方を歴史上の人物を通して知ることができるのが、男の系譜です。

男の系譜 (新潮文庫)

男の系譜 (新潮文庫)