90年代のバブル崩壊以降、日本は長い不景気に突入しました。
景気が悪いと、物が売れなくなって給料も下がるから、できるだけ早く好景気に戻したいところです。
よく景気回復に必要なこととして消費が増えることが挙げられます。不景気とは世の中にお金が出回らなくなることで起こるのだから、消費を増やせば金回りが良くなり景気が回復するということですね。
そして、もう一つ、景気回復に効果的だと言われているのが設備投資を拡大することです。こちらも、お金を使うことになるので、世の中の金回りが良くなりますし、しかも、投資の効果は将来にわたって発現するので、長期的視野に立つと消費よりも投資の方が景気回復には重要なことのように思えます。
しかし、本当に投資拡大によって景気が回復するのでしょうか?
きわものへの投資になっていないか
ホンダの創業者の本田宗一郎さんは、著書の「俺の考え」の中で、警戒しなければならない投資があると述べています。
本田さんは、1991年に亡くなっているので、かなり古い話となるのですが、どうも日本人は競争心だけで投資する癖があるようです。つまり、他社が設備投資をしたから自分のところも同じように設備投資をしようという発想で投資を拡大するのが日本企業の特徴だということです。
特に今売れているから、さらなる投資をしようということには慎重であるべきです。
いま売れるからこれだけの機械を入れてしまえといって、きわもの的なものに投資する人がないともいえない。それがきわものであるかないかということを見通す力がないと不良投資になる。これは非常に警戒すべきだと思う。それにはやはり経営者の判断というものが必要になってくる。(122ページ)
昭和の高度成長期には、フラフープやダッコちゃんのような商品がブームになりました。だからと言って、すぐに投資を拡大してはいけません。その需要が永続的であるかどうか、それを見極めたうえで投資すべきなのです。
平成に入って以降も、バンダイがたまごっちのブームに踊らされて過剰生産し、厳しい状況に追い込まれたことがあります。これは、まさに本田さんが言う「きわもの」に投資した結果なんですね。
設備投資は上部の価値判断が重要
では、どのような場合に企業は設備投資をすべきなのでしょうか?
本田さんは、投資で最も大事なことは、上層部の品物に対する価値判断だと述べています。
要するにこれは永続性があるのか、よく売れるか、現在はこうだけれども、この機械を入れればもうかるのだとか、上部の人の経営に対する価値判断が一番大事であって、価値判断のないところに勝負事のような投資を始めたらこれはえらいことになる。(125ページ)
今、流行っているから投資する、儲かりそうだから投資する。
このような投資は真の投資ではありません。ギャンブルや投機と同じなのです。真の投資とは永続性のあるものに対して行われるものなのです。
ホンダは、昭和28年(1953年)に多額の借金をして大掛かりな設備投資を行いました。当時は、戦争で爆撃を受けた後遺症で、まともな機械が国内にない状況。
このままでは、輸入品にやられてしまう。
本田さんは、このような危機感から技術水準の向上、すなわち品物を良くすることのみでしか輸入品に対抗することはできないと判断し、多額の投資を行ったのです。そして、その先に輸出促進があるのだと考えていました。
設備投資の前にすべきこと
企業、特に製造業にとって設備投資は重要なことです。
だからと言って、何か困ったことがあるとすぐに設備投資をするのは困りものです。設備投資はお金を出せば必ずできるものだから急ぐことではありません。
それよりも、本田さんは先にやらなければならないことがあると述べています。
みんながほんとうにその品物をつくるのにこれがいいか悪いかといって苦しんで、これじゃとてもできない、どんなアイデアを出してもこの機械がどうしてもいるんだというときに、はじめてその設備が有効に動くものになると思う。まだ遊んでいる機械があるのに、本で見て、設備はこういうものだということできめてしまって、ぽんと注文してくると、猫に小判ということになって、こなしきれないのじゃないか。(128ページ)
投資の前にやるべきことは、アイデアを出し切ること、何度も何度も試行錯誤すること。
それをして初めて、設備が必要だという判断になるのでしょう。
よくメディアで経済評論家が企業の設備投資を促すような発言をしています。また、政治家も同じように企業の投資の拡大をすすめようとしています。
しかし、安易な設備投資は自分の首を絞めることになると、企業はわかっているので、きわもの的な投資を行わなくなっています。僕は、この企業判断は非常に正しいと思っています。
投資レースの果てにあるのは過剰設備です。それが原因で大企業がバタバタと倒産したのでは、景気回復どころの話ではないですよね。
好景気の織田信長、不景気の徳川家康
昭和の高度成長期にブームとなったのが織田信長でした。
織田信長は、行動が早く、次々と改革を実行し結果を出していきました。好景気の時には、織田信長のような即効性が期待され、また、それを良しとする考え方が日本人のDNAに埋め込まれているのでしょうね。
バブル経済に沸いていた80年代後半も、織田信長ブームが起こっています。当時は、銀座のホステスも織田信長を知らなければ接客できなかったようで、津本陽さんの「下天は夢か」が大ヒットしました。
ところが、ひとたび景気が悪くなると、織田信長ブームはなかったかのように鎮静化します。
そして、次に訪れるのが徳川家康ブームです。
景気が悪いときは、とにかく耐え忍ぶのだということなのでしょう。「鳴かぬなら殺してしまえ」から「鳴くまで待とう」に態度を一転させることができるのも、日本人の特性と言えますね。
本田さんは、大勢の犠牲の上に立った英雄を好んでいませんでした。そして、そういった英雄を模範とする経営者の下で働く若い人たちを気の毒だともおっしゃっています。
国家をはじめとして今日の機構の中で大事なのは、その中で一人一人の人間の特性が正しく評価され、活用されることだ。なぜならば、その人間の個性がもつ特性のほかに、機構にとって必要なものは何もないはずであるからだ。
そして、そうした個性を生かすものこそ、経営学の根本であるはずだ。(176ページ)
結局、景気を良くすること、言い換えれば経済発展していくことは、投資を拡大していくことではないんですね。
本当に必要なことは、人間の個性を生かすことなのです。
でも、これは非常に難しいこと。だから、景気対策は、いつも、お金を出せば誰でもできる設備投資をすればいいんだという方向に進むのでしょう。

- 作者:宗一郎, 本田
- 発売日: 1996/04/25
- メディア: 文庫