ウェブ1丁目図書館

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応仁の乱を描いた短編時代小説を読んで、世の中が乱れても変わらないものがあることを知る。

応仁の乱は、戦国時代に突入する原因となった中世の大乱です。

応仁の乱が起こった理由は、将軍継嗣問題なのですが、それ以外にも畠山氏の後継者問題なども絡んで、何が何だかわかりにくいですね。その複雑な応仁の乱を短編小説にしたのが、池波正太郎さんの「応仁の乱」で、この作品は「賊将」という本の中に収録されています。

短編と言っても150ページほどあるので、なかなか読みごたえがあります。複雑な応仁の乱を描くとなると、さすがに50ページ程度でまとめるのは難しいのかもしれません。それでも、150ページ程度なら、比較的すっきりとまとまっていると思いますね。

足利義政と善阿弥の出会い

応仁の乱が起こった時の室町幕府の将軍は足利義政でした。

義政は、政治力がなく、文化にばかり興味を持ったどうしようもない将軍という印象が強いですね。

物語は、6歳の義政が庭師の善阿弥と出会うところから始まります。屋敷の庭で遊んでいた義政は、石橋を駈けわたろうとして池に落ちてしまいます。それを助けたのが、奥庭の石垣を改修していた善阿弥でした。


善阿弥は、河原者という牛馬の皮をはいだり、物乞いをしたり、工事の土運びなどの雑役によって生計を立てていた低い身分の出でした。でも、不思議と河原者たちの中からは、優れた芸を持って生まれた者がたくさんおり、善阿弥もそのひとりでした。

なぜ、河原者から芸に秀でた者が多く出るのか疑問に思った義政は、善阿弥にそれを問います。

「私どもは、何とかして、たとえ蜘蛛の糸ほどの細い道でもよい、それを見つけ出して青い空の下へ浮かび上ろうともがきぬいていたのでござります。いえ、今もって、河原者のほとんどは、そうおもっておりましょう。そう念願しつつ、一日を食べることに全身の力をつかいつくしてしまう明け暮れでは、到底、その細い道に足も手も指もかからぬと申してよろしいのでござります。なれども私ども庭師となった者は、さて、どういうめぐり合せなのでござりましょうか・・・・・石を運び、土をこね、樹を植える労働に従いながら、数多くの宏大な寺院や館の庭をみているうちに・・・・・左様でござります、何時の間にか、庭仕事の人夫をすることが、何よりも楽しみになってまいったのでござります」(11~12ページ)

将来、将軍となることが約束されている義政は、善阿弥との会話の中で何を思ったのでしょうか?

何も変わらないことが良い

足利義政の時代は、南北朝の動乱が終わって50年ほどしか経っていませんでした。

3代将軍の義満によって南北朝の合一を見たものの、そこから平和な世が来ることはなく、常に社会は乱れていました。だから、善阿弥は、あまり世の中が激しく移り変わることは良くないと考えており、それは、彼の造る庭にも表れていました。

善阿弥が得意とした庭は、岩や石を巧みに使ったもの。それは、激しい世の移り変わりに対抗するかのような庭園です。

「私は、前も今も、庭を造るについては、石組を主眼としております。それは、木も草も年を経るごとに伸び育ち、庭の景色を次第に変えていくものでございます。(中略)なれど、岩や石は変わりませぬ。変わるのは、苔むすにしたがって厳かな重みが、その色に加わるのでございます。組み立てた形は、人の手や天の災いがゆりうごかさぬかぎり、変わりませぬ」(14ページ)

激しい動乱でも変わらなかった庭

応仁の乱が勃発し、京都の町は焼け野原となりました。

善阿弥が手掛けた庭園がある西芳寺も伽藍の一切は消えてしまい、盗賊によって貴重な仏像や画像も持ち出され、無残な姿となっていました。

焼失した西芳寺を見た義政は、庭園に足を踏み入れた時、目の前の景色に驚かされます。善阿弥が手掛けた庭園が、戦乱でも焼失せず、生き残っていたのです。

「生きておりました!!生きておりました」
と、絶叫した。
岩は、石は生きていた。
十間ほど先から、複雑な曲線を奥深く描きつつ、庭園の中枢となっている園池・・・・・その他を廻る石組の配置は、一寸も揺らぐことなく、この廃園のうちに生き残っていた。
庭園の草も、焼け残った樹々も、緑一色に生き生きと色づいているが、そのわずかな色彩と景観を従え、岩も石も、誇らかに地を踏まえていたのである。
それは如何なる周囲の景観の変化にも、見事、適応して見せるぞ、という気迫に満ちあふれているかのようであった。(151ページ)

どんなに世の中が乱れても、変わらないものがあります。言葉を代えると、時代の変化に適応し生きていくということになるのかもしれません。

きっと、それは中世に限らず現代でも言えることなのでしょうね。

賊将 (新潮文庫)

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