技術の進歩は、人類の進歩へとつながる。
冷蔵庫がなかった時代は食品の長期保存が困難だったので、常に食料を獲得するための活動をしなければなりませんでした。それが、冷蔵庫の登場で、毎日、食料を追い求める必要がなくなり、ある時、まとめて食料を確保しておけば良くなりました。自動車も鉄道も、エアコンも洗濯機も、技術によって生み出されたこれら製品によって人類は大きな恩恵を受けています。
しかし、この技術が、今、人類に悪影響を及ぼしつつあります。
テクノロジーは中立ではない
経済思想を専門とする斎藤幸平さんが3人の識者と対談した内容を収録している『未来への大分岐』は、「資本主義の終わりか、人間の終焉か?」という副題がついています。ちょっと大げさだなと感じますが、読み進めていくと、人類はどちらかの選択を迫られる時が来るのではないかと考えさせられます。
本書の始めで、斎藤さんは、テクノロジーは中立的なものではなく、知や権力を構造化し、利潤のために世界を再編成する手段だと述べています。テクノロジー(技術)は、人類の発展に貢献してきましたが、一方で貧富の格差を広げているように感じさせます。格差は縮小しているとの話もありますが、上と下との差はどんどん広がっているように見えます。
テクノロジーの進歩により、便利な道具を使える人は確かに増えていますが、それらを使えない人の数が減っているのかは疑問です。
真の発展とは何か
政治哲学者・デューク大学教授のマイケル・ハートさんとの対談では、緊縮政策、コモン、ベーシック・インカム等について語られています。
緊縮政策は、政府の財政赤字を解消するために政府支出の削減や増税により財政黒字を拡大しようとするものです。借金で首が回らなくなる前に緊縮政策で財政の健全化を目指すのは一見良さそうに思えます。しかし、ハートさんは、緊縮政策こそ、富裕層と貧困層の格差を徹底的に拡大させる政策だと指摘しています。
緊縮政策は、民営化の推進、社会保障制度の解体、労働組合の弱体化をもたらします。社会保障がなくなって困るのは庶民ですし、労働組合が弱体化して困るのは労働者です。一方、富裕層や資本家にとっては、どちらもなくて困るものではありません。緊縮政策が、富裕層や資本家を優遇する政策であることは容易に想像できます。逆に社会保障の充実は、多くの税を徴収しなければ維持できませんから、富裕層や資本家にとっては自らが徴税の対象になりやすいため反対したくなります。
民主的に共有されて管理される社会的富をコモンといいます。コモンの代表は水資源です。これを私企業が独占するとどうなるか。きっと、多くの人が高いお金を支払って水を手に入れることになるでしょう。また、企業が儲からないからという理由で水資源の管理をいい加減にすると、きれいな水を利用できなくなります。コモンが民営化されて困るのも、やはり庶民なのです。だから、コモンは民主的に管理される必要があります。
斎藤さんは、生産力の「発展」が本当に「発展」だと言えるのは、それが持続可能な形で成し遂げられる場合だけだと述べています。取りつくしたら終わりというビジネスは、発展ではなく略奪です。世の中には、略奪と発展が混同されている活動がまだまだ多く存在しているように見えます。
客観的事実の無視は非人間化につながる
哲学者・ボン大学教授のマルクス・ガブリエルさんとの対談では、相対主義がテーマになっています。
近年の社会は、客観的事実よりも感情や個人的な思い込みへの訴えかけに影響を受けるようになっています。ガブリエルさんは、これをポスト真実と定義しています。
ポスト真実が見られるようになったのは、相対主義の蔓延が原因とのこと。人々は、自らが置かれた環境により価値観が変わります。それを是とするのは、一見、個人を尊重しているように見えますが、正義、平等、自由という普遍的な概念を否定することにつながります。相対主義の蔓延は、異なる文化的・社会的背景をもつ人々が合理的な対話を行うための共通の土台を失わせました。
相対主義は、お互いの価値観を尊重しているのではなく、自分と他者の間に線を引き、その線より外側を非人間的な存在と扱います。ガブリエルさんは、その典型がパレスチナのガザ地区だと喝破しています。ガザに住むのは人ではなく、単なるモノなのだとの価値観から、どんな残虐な行為もできてしまうのです。
また、ガブリエルさんは、自然科学を絶対視する「自然主義」を放っておくことも危険だと語ります。行き過ぎた自然主義は、やがて政治的な決定を自然科学の専門家に委ねてしまいます。難しくてわからないから専門家に任せるのが最善だ。その考え方が民主主義を危うくするのです。
今は、人である専門家が判断できるかもしれませんが、何でも専門家に任せるという考え方が蔓延すると、いずれはAIに政治的判断をゆだねることになるでしょう。死なないAIには倫理観はありません。そのAIが政治に関わると、多くの人が非人間化されていく危険があります。
情報技術の発展から独占が進む
経済ジャーナリストのポール・メイソンさんとの対談では、情報技術の発展が独占につながって行くことが語られています。
どんなに栄えた産業も、やがては成熟します。蒸気期間、鉄道・電信、重工業・電気工学、原子力・コンピュータが約50年周期で成長と衰退を繰り返してきました。そして、現代は、情報技術の時代となっています。
産業の成熟は、生産力が過剰になって新たな設備投資が行われなくなり、利潤率も小さくなっていくことから起こります。しかし、ある産業の成熟後に新しい産業が生まれ、それが経済をけん引し、社会は発展していきます。ところが、現在の情報技術の発展は、価値の破壊へとつながる可能性があるようです。
情報技術の発展で、製造費用が小さくなっていきます。あらゆるモノのコピーが情報技術によって瞬時に製作されるようになるからです。これを限界費用ゼロといいます。限界費用ゼロ社会は、資本主義にとって厄介です。簡単に作れるモノは安くでしか売れなくなりますから、資本を増やすのが難しくなります。
それでも、多くの利益を得るにはどうすれば良いか。答えは、独占です。ある市場を独占してしまえば、価格を自由に決定できます。どんなに高価な商品でも、消費者はそれを買わざるを得ないからです。限界費用ゼロに直面した巨大IT企業が独占を進めるのは、自らが行った価値破壊で自滅を防ぎたいからなのでしょう。10万円以上するスマホが、実は3,980円で買える代物なのかもしれません。しかし、寡占状態にあるスマホ市場では、価格は売り手が自由に決定できるので、消費者が真実を知ることはありません。
技術の進歩が人類の生活を便利にしたことは事実です。しかし、これからは、技術が人類の首を絞める時代になって行く危険があります。資本は際限なく増殖する性質を有していますが、それが技術と結びついた現代では、人間社会だけでなく地球環境の破壊にもつながっています。
まるでガン細胞。
死ぬことができないガン細胞は、やがて身体に悪影響を与えるほど増殖し、ヒトを死に至らしめます。技術が結び付いた資本のガン化を防ぐためにどうすべきか。今、人類に問われているのはそれです。