ウェブ1丁目図書館

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硬直化した働き方がマタハラを招く

3月や9月の番組改編時期になると、テレビでは番組を卒業していくタレントをよく見かけます。

卒業というと、何か新たな一歩を踏み出すことのように思えますが、要するに降板です。新たに他のタレントを起用することが決まり、これまで出演していたタレントを番組から降ろすことになり、そのタレントの最後の番組出演の際に花束が渡されたりします。

卒業は、テレビ業界など一部で使われている言葉のように思われるでしょうが、多くの日本企業では、卒業と似た言葉とともに会社から去っていく人がいます。

その言葉は、「寿退社」です。最近は、聞かなくなりつつありますが、結婚や妊娠した女性が仕事を辞める時に使われます。

日本の働き方とマタハラの関係

妊娠した女性が、会社を辞めるのは子育てに専念することが理由ではありますが、その根底には、「子育てをしている女性は我が社にいらない」という風土が社内にあると考えられます。

自身もマタハラを経験し、NPO法人マタハラNetを起ち上げた小酒部さやかさんの著書「マタハラ問題」では、日本企業で行われているマタハラの事例がいくつも紹介されています。

マタハラは、マタニティ・ハラスメントの略で、妊婦が職場で嫌がらせを受けることを意味します。

日本で行われるマタハラには、妊娠を機に退職を迫るものや職場での同僚からのいじめがあります。

妊娠を機に退職を迫るのは、「女性は家庭を守るべき」という価値観とともに長時間労働が当たり前となっている働き方に原因があるようです。日本企業の典型的な働き方は、平日の朝から夕方までが定時とされ夕方以降に残業もするといったものです。この働き方が当たり前となっていることから、妊婦や出産したばかりの女性が、会社で働くのが難しくなっています。

そして、一度、仕事を辞めると、次の仕事を見つけるのが難しいといった事情も、女性が出産後に復職しにくい理由です。

小酒部さんは、自らの妊娠がわかった時に「どうしよう」という気持ちが湧いてきたそうです。仕事のメイン担当をしていた小酒部さんが、妊娠を理由に迷惑をかけられないという気持ちになるのはわかります。

小酒部さんが、このような気持ちになるのは、特定の人に仕事を担当させるのが当たり前とされていることとも関係しています。「特定の人にしかできない仕事」が、社内で増えれば増えるほど、休暇を取るのが難しくなります。加えて長時間労働が当たり前となっていれば、仕事に穴を空けることは許されないと、従業員は思うはずです。

そうすると、出産や育児のために休暇を取ることが難しくなります。そして、妊娠しようものなら、「この忙しい時期に何をしているんだ」と周囲から不満を持たれ、それがマタハラへとつながっていきます。

個人と組織のマタハラ

小酒部さんは、マタハラを個人が行うマタハラと組織が行うマタハラに分類しています。

個人が行うマタハラ

個人が行うマタハラには、「昭和の価値観押しつけ型」と「いじめ型」があります。

昭和の価値観押しつけ型は、「子どものことを第一に考えないとダメだろう」「君の体を心配して言っているんだ」「旦那さんの収入があるからいいだろう」といった言葉を使うマタハラです。昭和の男性に多い価値観で、言っている本人に悪意はありません。しかし、これらの言葉の後には退職を促す言葉が続き、妊娠した女性は仕事を辞めなければならないと感じてしまいます。

いじめ型は、同僚からの嫌がらせです。妊娠や出産で仕事に穴を空けることはできませんから、その穴を埋めるために同僚が余分に働かなければなりません。その怒りの矛先が、妊婦や育児中の女性に向かい、社内でいじめが起こります。

組織が行うマタハラ

組織が行うマタハラには、「パワハラ型」と「追い出し型」があります。

パワハラ型は、「時短勤務なんて許さない」「夕方帰る正社員はいらない」「(妊婦でも)甘えは許さない」「特別扱いしない」といったように妊婦に対しても仕事を強要するマタハラです。育児休暇を取ろうものなら、「権利ばかり主張している」と言われ、休むことが許されません。

追い出し型は、パワハラ型の逆で、長時間労働できないのなら会社を辞めてもらうといった圧力をかけるものです。


組織が行うマタハラは、育児休業制度を理解していない会社で起こりやすいと言えますが、個人が行ういじめ型のマタハラも、同僚が育児休業制度があることを知らずに起こる場合があります。育児休業制度では、国が育児休業給付金を支給しますが、それを職場が負担していると勘違いしている人は、仕事を休んでいるのに会社から給料をもらっているとしてマタハラをします。

しかし、このような個人の勘違いは、結局、会社が育児休業制度があることを従業員に伝えていないから起こるのであり、経営者に問題があると言えます。

柔軟な働き方

小酒部さんは、マタハラの根っこには、性別役割分業の意識と長時間労働の2つがあると指摘しています。そして、これらは、高度経済成長期にできた日本独特のモデルケースだとも述べています。

性別役割分業の意識は、明治以降の学校教育とも関係していると考えられるので、なかなか意識を変えていくのが難しいかもしれません。

しかし、長時間労働に関しては、すでに柔軟な働き方を採り入れている会社が増えているので、これから変わっていくかもしれません。「マタハラ問題」でも、ユニークな働き方を採用している会社が紹介されています。

(株)旅館総合研究所では、ペア制度や在宅ワークを導入し、人に仕事がついている状態から、仕事に人がつくかたちに変えました。1人の担当者が1つの仕事をしていると、その人がいなくなると仕事が回らなくなります。だから、1つの仕事に複数の人をペアで担当させ、1人の従業員が休んでも仕事に穴が空かないようにしました。

ソウ・エクスペリエンス(株)では、子連れ出勤を始め、仕事の経験豊かな女性が出産や育児で退職するのを防止しています。

サイボウズ(株)では、オフィスで働くか自由に場所を選んで働くか、長時間働くか短時間だけ働くかを従業員が選べるようにしています。従来のようにオフィスで長時間働くこともできますし、自宅で短時間だけ働くこともできます。


マタハラ問題が発生するのは、硬直化した働き方が日本社会に根付いていることが理由のように思えます。

1日8時間労働、週休2日、65歳定年。

この条件で働くことができない人は、仕事を探すのが困難です。

女性が妊娠すれば、8時間労働や週休2日の条件は厳しくなります。

女性の社会進出を声高に叫んでも、働き方に柔軟性がなければ、それを実現することは難しいでしょう。

マタハラ問題 (ちくま新書)

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