もしも、世界の通貨がドルに統合されたら、為替相場の変動を気にせずに生産できるのに。
そんなことを考えた経営者や財務担当者は少なくないでしょう。
製品を輸出しても、代金の決済時の為替相場が円高になっていたら利益が減ってしまいます。だから、為替予約をして為替リスクをヘッジするわけですが、そうすると円安メリットを放棄することになるので、代金の半分だけしか予約をせずにおこうとか、いろいろと悩まなければなりません。
こういった経営者や財務担当者にとっては、通貨の統合は仕事が楽になるので喜ばしいことですが、通貨の統合が災いすることもあります。
国内総生産を増やすことと国民所得を増やすことは同じ
国内総生産(GDP)を増やすためには、政治の力が必要になることがあります。GDPは国民所得と同義なので、国家は国民所得を増やす政策を行えばGDPを増やせます。
国家の経済政策には財政政策や金融政策といったものがあります。
財政政策は、補助金を出したり減税したりして経済を良くする政策です。金融政策は、中央銀行が公開市場操作を行って貨幣の供給量を調節したり、最近では行われなくなりましたが公定歩合政策や法定準備率操作を実施したりすることです。
通貨が統合されると財政政策はできますが、貨幣の供給量を調節できなくなります。なぜなら、統一通貨の管理を行う新たな中央銀行が発足するからです。つまり、統一通貨を採用した国は金融政策を行う権限を失うのです。
ところで、自国で通貨を発行している国は、どのようにして金融政策を実施し、GDPを増やすのでしょうか?
IS曲線
先にも述べましたが、GDPを増やすことは国民所得を増やすことと同義です。国民所得は以下の計算式で表せます。
国民所得(Y)=消費(C)+投資(I)+政府支出(G)+純輸出(Nx)
この計算式を見れば、消費(C)、投資(I)、政府支出(G)、純輸出(Nx)のいずれかが増えれば国民所得が増加します。
今、政府支出(G)と純輸出(Nx)が一定と仮定します。この場合、銀行が企業に貸し出す金利が下がれば、企業は資金の借り入れがしやすくなり投資が増えます。したがって、利子率(r)が低下すると投資が増えるので、国民所得(Y)が増加します。反対に利子率(r)が上昇すると企業は資金の借り入れがしにくくなるので投資は減ります。
この関係をグラフに表したものがIS曲線です。IS曲線は、財市場が均衡するような利子率と国民所得の関係を示しており、縦軸に利子率(r)横軸に国民所得(Y)をとります。
上のグラフのrwは世界利子率を示します。以下の説明ではrwは一定と仮定します。
グラフを見ればわかるように利子率(r)が高い時は国民所得(Y)が少なくなっています。利子率(r)が下がるにしたがって国民所得(Y)は増えてますね。
LM曲線
次に貨幣市場についても見てみましょう。
利子率(r)は、貨幣市場においてその水準が決定されます。つまり、利子率は貨幣供給と貨幣需要が一致したところで決定されます。
利子率が高い時は債券に投資する人が増えるので貨幣需要は減ります。反対に利子率が低い時には債券への投資が少なくなるので貨幣需要が増えます。
また、中央銀行が利子率が高すぎると判断した時には貨幣供給量を増やすことで利子率を下げることができます。利子率が低すぎる場合には、貨幣供給量を減らすことで利子率を上げることができます。
この関係を縦軸に利子率(r)、横軸に国民所得(Y)をとってグラフにしたものがLM曲線です。
LM曲線は、貨幣市場が均衡している時、つまり需給が一致している時の利子率とGDPの関係を表したものです。
変動相場制下での金融政策の効果
IS曲線とLM曲線をひとつのグラフに描いてみましょう。なお、グラフは日本やアメリカのような変動相場制を採用している国を想定しています。
グラフでは、IS曲線、LM曲線、世界利子率(rw)がEの点で交わって均衡しています。
この状況でGDPを増やすには、点Eを少しでも右側に動かして国民所得(Y)を増加させる政策を実施することになります。例えば、貨幣供給量を増やす拡張的な金融政策を採用すれば、点Eを右に動かせます。
貨幣供給量が増えれば、LM曲線は右に動きます。国内の通貨量が増えれば国民のお金も増えますから、国民所得(Y)が増えることは、なんとなく想像できるでしょう。
LM曲線が右に動いたことで、均衡点も当初のEからFに移動し、国民所得(Y)が増加しています。でも、利子率はrwからr0に下がってしまいました。
国内の利子率が下がるとどうなるでしょうか?
これは銀行の定期預金利率を考えればわかりやすいです。A銀行の定期預金利率が1%で、B銀行の定期預金利率が2%だったとしましょう。この場合、A銀行に預けていた人は、高い金利を求めてB銀行の定期預金に預け替えをするはずです。
同様に国内の利子率が下がれば、国内の資金はより高い金利を求めて海外に流出します。すると為替相場が減価します。日本の場合だと、円が売られてドルが買われることになるので円安ドル高が進みます。円安になれば輸出が増えるので、国民所得(Y)が増加します。
もう一度、国民所得(Y)の計算式を見てみましょう。
国民所得(Y)=消費(C)+投資(I)+政府支出(G)+純輸出(Nx)
右辺の純輸出(Nx)は輸出から輸入を差し引いたものです。輸出が増えれば純輸出(Nx)の値が大きくなるので、国民所得(Y)が増加することが理解できると思います。
純輸出(Nx)が増えれば、財市場ではIS曲線が右に動きます。
黒矢印の方向にIS曲線が動いたことで、均衡点はオレンジの矢印の方向にFからGに移動します。
これで、IS曲線、LM曲線、利子率(rw)が一点で交わり均衡しました。そして、国民所得(Y)は、当初の点Eから右の点Gに動いているので、増加したことが分かります。したがって、変動相場制下では、金融政策は有効な手段となります。
金融政策を実施できなければ国内経済は破綻するのか?
統一通貨が使われるようになると、一国の都合で貨幣供給量を増やしたり減らしたりできなくなります。
だから、ユーロのような統一通貨を採用している国が経済危機に陥ると、国家が破綻する危険があると言われることがあります。経済力の違う国々が、統一通貨を採用すれば経済力の弱い国は、ますます弱体化するといったこともよく聞きます。
これって本当なのでしょうか?
経済力の弱い国は、簡単に言うと国民が貧乏な国です。つまり、国内のお金が少ない状況と言えます。国内のお金が少なければ、国民の収入が減るはずです。収入が減れば物を買えなくなるので、お店では商品やサービスの値段を下げて、売上を伸ばそうとするでしょう。
そうすると、国内の賃金も物価も下がります。こうなれば、安い原材料と安い人件費を武器に低価格の工業製品を生産し、物価の高い国に輸出して売上を増やすことができます。少々品質に問題があっても、小売価格が他社の半額であれば、買う人はいるはずです。
例えば、ドイツの自動車がドイツ国内で1万ユーロで販売されていたとしましょう。この場合、ギリシャ製の自動車の小売価格を5千ユーロにすれば、きっと売れるはずです。
どんなにドイツ車の方が品質が良くても、安いギリシャ製の自動車を選ぶ消費者は必ずいます。
でも、誰だって自分の給料が減るのは嫌だから、理屈ではわかっていても安い人件費を武器に売上を伸ばそうとはしにくいでしょうね。
- 作者:中谷 巌
- 発売日: 2007/01/01
- メディア: 新書