時代小説の定番のネタと言えば敵討ち。
物語の設定は、父親の仇を討つというものが多いですね。池波正太郎さんの短編時代小説「黒雲峠」も、息子が父親の仇を討つというものです。最後は悲願を果たすのですが、その結末が、ちょっと笑ってしまうんですよね。
賄賂に慣れた父親
「黒雲峠」は、「賊将」という本の中に収録されています。
築井家に仕えていた玉井平太夫は、達筆だったことから、藩主に書道を教えるようになり、持ち前の愛嬌と機智が認められ、とんとん拍子に出世し、550石取りの奥用人にまでのし上がりました。しかし、玉井平太夫は鳥居文之進に暗殺されてしまいます。
出世し、少々傲慢になって、賄賂にも慣れてきたことから、彼に嫉妬する者たちが増えてきたときの暗殺だったので、内心では、喜ぶ者もいました。しかし、平太夫を寵愛していた藩主の築井土岐守は激怒し、鳥居家は取り潰しとなり、平太夫の長男の伊織は父の敵討ちに出ることになります。
玉井伊織の助太刀には、小西武四郎、佐々木久馬、樋口三右衛門、富田六郎、村井治助の5人が選ばれます。加えて、平太夫の弟で伊織の叔父にあたる玉井惣兵衛と玉井家の仲間(ちゅうげん)の伊之助も共として加わりました。
ここまでは、ごく一般的な敵討ちの内容です。
剣客天野平九郎と組む鳥居文之進
玉井平太夫の暗殺後、鳥居文之進は、江戸の八丁堀に道場を開いている剣客の天野平九郎のもとへ逃げ込みます。
これは、敵討ちをする玉井伊織にとっては面倒なことです。剣の達人が文之進に味方したのですから。
平九郎の剣の腕前は見事なもので、ある旅籠でばったりと出会った玉井伊織一行のうち、富田六郎と村井治助をあっさりと倒してしまいました。
それから5ヶ月後。
再び、玉井伊織に敵討ちの機会が訪れます。場所は黒雲峠。数の上では、玉井伊織が有利とは言え、天野平九郎の剣の腕前を考えると、楽観できません。
悲願を果たしたものの
両者が出会い、いよいよ敵討ちが始まります。
すでに富田と村井は天野平九郎に斬られており、また、この時も早々に佐々木久馬と樋口三右衛門も倒されてしまいます。残っているのは、玉井伊織、小西武四郎、そして、叔父の玉井惣兵衛のみ。
惣兵衛は、すぐに身を返して逃げてしまったので、敵討ちは2対2の状況となってしまいました。
天野平九郎と戦うのは、樋口三右衛門。
三右衛門が平九郎を引き付けている間に伊織が敵の文之進を討つことにしたのですが、三右衛門も平九郎に倒されてしまいます。
絶体絶命の玉井伊織。
返り討ちにあってしまうのかに見えた敵討ちでしたが、気付けば天野平九郎も鳥居文之進も倒れています。そして、玉井伊織も。
現場に残っているのは、なぜか玉井惣兵衛と2人の役人、そして、木こりだけ。逃げ出した惣兵衛が、どうして現場にいるのでしょうか?
嘘とも本当ともわからぬ涙が、どっと溢れてきて、惣兵衛は、この敵討ちに自分が力の限り斬り合ったような錯覚に溺れこんでいた。(236ページ)
一体、惣兵衛はどのような働きをしたのか?
そして、なぜ敵討ちは成功したのか?
そこには、思わず笑ってしまう結末があったのでした。