ウェブ1丁目図書館

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結果は最高の説得力

熊本県阿蘇郡南小国町に黒川温泉があります。

黒川温泉は、1964年にやまなみハイウェイが完成したのをきっかけにブームとなります。しかし、その当時でも、今ほどは知名度が高くなく、また、ブームも数年で終わり客足はばったり止まりました。

どんなものでも、ブームが終わると見向きもされなくなるのですが、黒川温泉は再び脚光を浴びるようになります。

京都の人の流れが変わる

黒川温泉のブームを再燃させたのは、黒川に「山の宿 新明館」と「山みず木」という旅館を経営する後藤哲也さんでした。

後藤さんは、著書の「黒川温泉のドン 後藤哲也の『再生』の法則」で、京都や長野など様々な観光地を訪れ、黒川温泉の旅館経営のヒントを得ていた旨を述べています。

後藤さんは、ある時、京都を訪れ、観光客の流れが変わっていることに気づきました。これまでは、剪定されたマツに鯉が泳ぐ池がある典型的な日本庭園を訪れる人が多かったのですが、そのような観光地に訪れる人がじわりじわりと減り始めていたのです。その代り、自然の木が植わっている庭を持つお寺に人が向かうようになっていました。

都会の人たちは、ストレス解消のために自然に触れることを求めている―京都で気付いた人の流れの変化が意味することは、僕に転機を与えました。
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この変化に気づいたことが、黒川温泉ブームの再燃へとつながります。

自然を楽しむ雰囲気作り

京都の変化に気づいた後藤さんは、自然を楽しめる雰囲気作りが黒川温泉に活気を取り戻すために大切だと考えます。

しかし、後藤さんの旅館だけが自然の雰囲気作りをしても黒川温泉全体の雰囲気は変わりません。黒川温泉が変わるためには20軒ほどある旅館が自然を楽しめる雰囲気を作るために努力しなければなりません。

どの旅館も自分のところが第一と考える中、彼らの意識を変えるために後藤さんは植樹運動を始めます。植樹と言っても、杉や松など特定の木を植えるのではなく、雑木を自然に生えているかのようにして植えていくのです。

そうすると、黒川温泉で後藤さんが経営する新明館が流行り出すようになります。しかし、他の旅館のオーナーはなかなか自然を楽しむ雰囲気作りをしようとはしません。

そんな中、ある旅館の婿養子が後藤さんに露天風呂の作り方を教わりに来ます。新明館が流行るのは露天風呂があるからではないかと思ったからです。後藤さんは、露天の作り方から雑木の植え方まで惜しげなくアドバイスしました。

すると、婿養子の旅館はすぐに結果が出ます。女性専用の露天風呂にしたことがマスコミにも紹介され、一気に女性客が増えたのです。

結果を見ると人は納得する

婿養子の旅館が露天風呂で人気が出たことから、他の旅館も露天風呂を造り始めます。

今でこそ黒川温泉は、すべての旅館が露天風呂を持っていることが大きな特徴になっとりますが、これは旅館組合が音頭をとって「統一商品づくり」として推し進めたわけではありませんでした。婿養子の旅館が始めた露天風呂が当たって、「我も我も」と真似し始めた結果だったのです。
(87ページ)

「黒川へ行けば露天風呂に入れる」という噂は口コミで広がり、それがさらに競争に拍車をかけていきます。後藤さんのところにも、いろいろな旅館から「露天風呂づくりを指導してほしい」と要請が来、黒川温泉の好循環が始まりました。


露天風呂で成功したこともあり、後藤さんは、黒川温泉の執行部に入り温泉街の植樹に取りかかります。

しかし、「木を植えて、何になると思っているのか」など、後藤さんに否定的な人は多く、黒川温泉の植樹が上手く進みません。

ばってん、ここは最大の踏んばりどころです。ここで折れてしもうたら、「黒川全体」の雰囲気づくりはできなくなってしまいます。僕は、反対の声にはいっさい動じず、次の年は同じく中心街の「いご坂」周辺に、その次の年も植樹を「強行」し続けました。反対の声は一向に収まっとらんかったので、文字通り「強行」ですな。
(97~98ページ)

変化が出始めたのは、3年後の植樹が終わった頃でした。

黒川を訪れたお客さんが、「わあ、すごい!」と、雑木の生き生きとした姿を見て驚きの声を上げるようになったのです。

自分が住んでいる土地を褒められ、しかも旅館に利益をもたらすのですから、植樹に反対する声は次第に小さくなっていきました。それどころか、植樹に反対していた人まで自分の旅館に雑木を植えるようになったそうです。


後藤哲也さんの黒川温泉改革を知ると、結果を出すことが強い説得力になると気付かされます。

言葉で説得され、それがどんなに理にかなっていると思っても、感情だけで反発する人はいます。感情で反発する人に理屈はなかなか通じません。そもそも言葉で人の気持ちを変えようと考えることが無駄なのかもしれません。

でも、実際に起こっていることや結果を見ると、多くの人が納得します。「納得」と言うより「気づく」と言った方がいいでしょう。

しかし、人に気づいてもらうのには時間がかかります。後藤さんも、黒川温泉全体の自然の雰囲気作りを始めて、周囲に気づいてもらうのに数十年の歳月がかかりました。

見方を変えると、多くの人が何かに気づくのには、長い年月を必要とするということです。