人の能力を引き出す方法には、𠮟って伸ばすやり方と褒めて伸ばすやり方があります。
昔は、叱って伸ばすスパルタなやり方を目にすることが多かったですが、最近は、褒めて伸ばすやり方が主流になっています。多くの人が感じていると思いますが、人の能力を引き出す方法として、どちらが良いかは、その時によって変わるはずです。特に褒める場合には、何を褒めるかも重要になります。
誰もが持つ利他の心
脳科学者、医学博士、認知科学者の中野信子さんの著書『空気を読む脳』では、人の才能を伸ばすためにはどうしたら良いかについて、約50ページにわたって解説されています。一般向けの書籍なので、細かいところまでは説明されていませんが、子どもや部下の教育にとって参考になる話だと思います。
本来、人間には自分の利益を顧みずに他人のために自発的に行動することを美徳とする価値観があります。つまり、誰もが利他の心を持っているということです。この利他の心が、褒めて才能を伸ばすことと関係があるように思います。
あるテストを受けた子どもたちに成績以外に「本当に頭がいいんだね」と褒めた場合、次の課題では、やさしい課題と難しい課題のうち、やさしい課題を選択した子どもたちが65%もいたという実験結果があります。
なぜ、やさしい課題を選択したのか。それは、「頭がいい」と褒められると、頭がいいと思われているのなら、その期待通りの結果が出るような課題を選ぼうとする考え方を持つようになるからです。難しい課題を選択して解けなかった場合、周囲の期待に応えられません。周囲が期待する頭がいい子という結果を出すためには、やさしい課題を選んで正解する必要があるのです。
このように頭がいいことを褒めると難しい課題に挑戦しにくくなることから、挑戦する大人になってもらいたいのなら、頭がいいと褒めるのは控えた方が良さそうです。
努力を褒めることで挑戦するようになる
一方、同じテストを受けた他の子どもに「努力のかいがあったね」と褒めた場合、次に難しい課題を選択しなかったのは、わすか10%だったとのこと。
きっと、多くの人が自分の子どもは、難しい課題に挑戦する大人になって欲しいと思っていることでしょう。それなら、子どもが努力したことを褒めるのが大切です。頭がいいというもともとの性質を褒めることは逆効果なのです。
また、報酬の与え方にも注意しなければなりません。
人をやる気にさせるのに効果的なのは、その仕事自体が「やりがい」があり、素晴らしいものだと繰り返し伝えることだそうです。そして、「思いがけない」「小さな」プレゼントも必要とのこと。プレゼントは、きまぐれに与えられた方が効果的で、しかも、それが少ないものである方が、やる気が持続します。毎月25日にもらう給料より、少額でも臨時ボーナスが支給された方がうれしく感じるのは、思いがけない小さなプレゼントだからなのでしょう。
これは、冒頭で紹介した「人間には自分の利益を顧みずに他人のために自発的に行動することを美徳とする価値観」が備わっていることと無関係ではないでしょう。人間が、誰しも自分の利益を優先するのであれば、どのような行動に対しても報酬を望むでしょうし、その報酬も多ければ多いほど満足度が高まるはずです。ところが、人をやる気にさせるのは、報酬よりも、その仕事自体のやりがいなのですから、他人に奉仕することに価値を感じている、すなわち、多くの人が利他の心を持っているということになるのだと思います。
ちなみに低い報酬で働かされているのに会社を辞めようとしないのは、この心理をブラック企業に利用されているのかもしれないと中野さんは考えています。
単純作業には高い報酬が効果的
反対に単純なルールとわかりやすいゴールの見えている短期的な課題に限れば、報酬が動機づけになるとのこと。つまり、単純作業に対しては報酬がやる気につながるということです。
製品を作れば作るほど儲かっていた大量生産の時代には、単純作業に従事する労働者が多く、彼らのやる気を高め維持するのに報酬を上げることが効果的でした。
やる気や動機付けは、どのような仕事をするかによって変わってくるんですね。
いろんなことに挑戦する人になってもらいたい場合、頭の良さではなく努力したことを褒めるのが効果的です。また、報酬も、思いがけないタイミングに少しだけというのが有効です。おこづかいを増やすことや給料を上げることは、必ずしも、その人のやる気を高めることにはならないのです。