ウェブ1丁目図書館

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正直者が報われない話が多い今昔物語

12世紀に書かれたわが国最古の説話集である今昔物語。

「今は昔」で始まる有名な説話集で、1200編以上も収録されています。こんなに多くの説話が収録されているのですから、今昔物語の説話を参考にして作られた物語が多そうですね。

今昔物語を一から読もうと思っても、古典だから読むのに苦労しますし、1200もの作品を読み終えるのには相当な時間がかかります。代表的な説話を現代語訳して読みやすくなった入門書があれば、より多くの人が今昔物語に親しむことができるでしょう。

因果応報?

作家の杉本苑子さんの著書「今昔物語ふぁんたじあ」では、現代語訳された説話が16収録されています。どれも簡単に読めて理解しやすい作品ばかりです。

「峠の道」という説話は、因果応報とは何なのかを考えさせられます。

平貞盛は、腰のあたりにできものができ、苦しんでいました。

医師の和気康元は、若く治療の経験が浅かったのですが、平貞盛のできものが容易ならぬものだということはわかりました。康元は、このおできを治すためには、胎児の肝を薬として使わなければならないと貞盛に言います。

すると、貞盛は、息子の左衛門ノ尉の妻が身ごもっていることを思い出し、彼女の胎児の肝を差し出すように命じます。

康元は、これは大変なことになったぞと思い、あわてて身内の胎児の肝では効果がないと嘘を言い、左衛門ノ尉をかばいました。しかし、これが原因で、左衛門ノ尉は、見ず知らずの妊婦を殺し、胎児の肝を取り出すことになりました。

その胎児の肝のおかげで、貞盛のおできは治りましたが、事件が発覚するのをおそれた貞盛は、康元の暗殺を計画します。これを知った左衛門ノ尉は、康元にこっそり暗殺計画を教え逃がそうとします。

ところが、殺された妊婦が自分の知り合いの娘だったことを知った康元は、罪滅ぼしのため、殺し屋から逃げることなく殺されるのでした。

この話を読んだ後、因果応報だなと思いましたが、よく考えてみると、罰を受けるべきは平貞盛や左衛門ノ尉ではないかと。悪が裁かれないところに違和感が残る話であります。

恩を仇で返す

「鷲の森」という説話も、最後があんまりではないかと考えさせられます。

川辺で、子のお守りをしていた天羽のところに弟の千代童がやってきました。

すると千代童が、川で猿が大きなカラス貝に挟まれているのに気づきます。彼は、猿を生け捕りにしようと思いましたが、天羽がかわいそうだから逃がしてやりなさいと諭します。

千代童は、姉の言う通り猿を逃がします。すると猿は、天羽の子を抱えて逃げてしまいました。二人は、逃げる猿を追い森の中に入っていきます。しかし、猿は、赤ん坊を抱えて木に登り捕まえられません。

やがて、猿の頭上には鷲がやってき、赤ん坊に食いつこうと襲い掛かってきました。

二人は、万事休すと思ったものの、猿が木の枝で鷲を打ち落とし赤ん坊を守ります。鷲は次々に飛来し赤ん坊に襲い掛かりますが、そのたびに猿は木の枝で打ち落としていきました。

そして、猿は、赤ん坊を天羽に返します。猿は助けてくれたお礼に鷲をプレゼントしてくれたのです。そこへ、夫の但馬がやってき、目代さまから、矢にはぐ鷲の羽を調達してくれと頼まれていたことを語ります。

天羽と千代童は、猿にお礼を言いましたが、但馬は、矢で猿を射殺してしまいました。目代さまは、猿皮も欲しがっていたので、進上したら喜ばれるに違いないと思い、猿皮をはぎ始めます。

その夫の姿を見た天羽は、離婚を決意しました。

よくある昔話だと、猿にお礼を言って、めでたしめでたしとなるのですが、強欲な夫が猿を射殺してしまうというのが斬新です。いや、古典なので、昔話は、本来こういうものなのかもしれません。


今昔物語ふぁんたじあに収録されている説話は、勤勉で貧乏な人がもっと貧乏になったり、不倫をしている女性が助かり不倫をされた女性が死んだりと、不幸が重なる話が多いです。

正直者ややさしい人が幸せになる話は、もっと後の時代に誕生したのでしょうか。

人は強欲で、どうしようもない存在だと今昔物語の作者は言いたかったのかもしれません。平安時代の庶民たちは、どんなに努力しても運命には逆らえないという諦めの気持ちが強かったのでしょう。

今昔物語ふぁんたじあ (講談社文庫)

今昔物語ふぁんたじあ (講談社文庫)