どこか体の一部をヤケドしたら、すぐに専門の病院に行って治療しなければいけない。場合によっては、皮膚移植をする必要がある。
これが現在の熱傷治療の常識で、おそらく、多くの人がそれを信じ込んでいることでしょう。でも、ヤケドは、専門医じゃなくても治すことができます。しかも、ヤケドした本人に専門知識がなくても治療できてしまうのです。
傷の乾燥は不要
何かの拍子に道端で転んでしまい膝小僧を擦りむいたとします。きっと、多くの人は、傷口を水で洗って、消毒液をつけて患部にガーゼやバンドエイドを貼ることでしょう。これで治療完了と言いたいとことですが、この一連の行為は、実は、傷を悪化させているのです。
医師の夏井睦さんは、著書の「傷はぜったい消毒するな」の中で、傷は消毒せず乾燥させなければ治ると述べています。そんな馬鹿なと思う人も多いでしょうが、これは事実なのです。
皮膚の細胞を乾燥状態に置くとすぐに死滅する。真皮や肉芽は本来は非常に血流に富んだ丈夫な組織なのだが、乾燥させるとやはりあっけなく死んでしまう。(中略)
だから、傷口を乾燥させると皮膚の細胞も真皮組織も肉芽組織も死んでしまう。そして死んだ人間が生き返ることがないように、一旦死んだ細胞も組織も蘇ることはなく死骸になる。(25~26ページ)
そう、傷口を乾燥させるという行為は、自分自身で細胞を死に追いやっているのです。傷口が乾燥するとカサブタができますが、これは細胞の死骸であって、決して傷が治っている証拠ではないのです。
だから、傷口が乾燥しないようにしておけば、薬を使わなくても、自然と治るわけです。傷口を乾燥から防いで、保湿された状態を保つ治療を湿潤治療といいます。湿潤治療という言葉を聞くと、何だか難しそうな治療法に思えますが、傷口にサランラップやポリラップといった食品包装用ラップを貼って乾燥を防げばいいだけです。
湿潤治療用の創傷被覆材(プライスモイスト)やキズパワーパッドというバンドエイドがあれば、それを傷口に貼るとなお良いのですが、それらが手元にない時は、とりあえず傷口を流水で洗って、食品包装用ラップを貼っておけば問題ありません。
ただ、傷口からは、傷を治すためのジュクジュクとした液体が出てきますから、これを吸収するためにラップの上にタオルやガーゼを当てて包帯で巻く必要があります。
あとは、ラップの場合は、1日数回貼り換えれば、数日で、傷はきれいに治ります。しかも、乾燥させる治療法と比べて痛みも軽いです。
以前、父が道路でこけて腕を擦りむいたことがありました。縦15cm、横3cmほどの大きな傷でしたが、キズパワーパッドを貼っているだけで、カサブタもできず、1週間ほどしたら、新しい皮膚が再生してきました。
ただ、ジュクジュクした液体が多く出たため、キズパワーパッドでは、すぐに吸水できなくなり、1日1回以上は貼り換える必要がありました。キズパワーパッドが小さいサイズだったことも理由だと思います。だから、キズパワーパッドを使う場合は、その上にガーゼなどを当てて漏れ出すジュクジュク液に備えておいた方がいいでしょう。
消毒液は傷口に塩を塗るようなもの
夏井さんは、さらに本のタイトルにもなっているように傷口の消毒もしてはいけないと述べています。理由は、消毒液には、傷を悪化させる成分が含まれているからです。
消毒の目的は、傷口から細菌が入り込んで感染症を防ぐことです。だから、傷表面にいる細菌を消毒液で殺してしまうわけです。細菌はタンパク質でできているため、消毒液にはタンパク質を破壊する成分が含まれています。だから、数滴、傷口に垂らせば、細菌は死んでしまうわけですね。
しかし、人間の細胞もタンパク質でできています。健康な皮膚の表面には、皮膚の死骸でできた角質層があり、それが、バリアの役割を果たしているので、消毒液を塗っても、皮膚の細胞が死んでしまうことはありません。
ところが、傷ついた皮膚は、細胞がむき出しとなっているので、そんなところに消毒液を塗るとどうなるかお分かりですよね。そうです。皮膚の細胞が死んでしまうのです。だから、消毒という行為は、細菌を殺しますが同時に細胞も殺してしまう行為だったのです。消毒は、傷口に塩を塗る行為と全く変わりません。それよりも、もっと傷を悪化させる行為かもしれませんね。
細菌がいることと細菌感染は別物
でも、細菌を傷口に残しておくと、感染して化膿するのではないかという疑問があります。しかし、細菌が傷口にいることと細菌に感染して化膿することとは、また別の問題だと夏井さんは述べています。
傷口が化膿するのは、細菌がそこにいることではなく、細菌が増殖することが原因です。だから、細菌が増殖できない環境を作ってしまえば、細菌感染することはありません。では、具体的にどうすれば細菌が増殖できない環境を作れるのでしょうか?
傷口を化膿させる主な細菌は、黄色ブドウ球菌と呼ばれる細菌です。黄色ブドウ球菌は好気性、つまり、酸素がなければ生存できない細菌です。ここで思い出してもらいたいのが、湿潤治療の方法です。
湿潤治療では、傷口にラップなどを貼って乾燥を防ぎますよね。それは、傷表面が潤っている状態を作り出す行為なので、酸素が入ってきません。だから、傷表面に黄色ブドウ球菌がいても、ラップを貼っておけば窒息してしまい、増殖することができないのです。
さらに黄色ブドウ球菌の増殖を防止しているのが、皮膚表面に棲みついている表皮ブドウ球菌です。表皮ブドウ球菌は人間と共生関係にあり、人間の体から分泌される皮脂をエサにして生きています。表皮ブドウ球菌は弱酸性を好み、皮膚から分泌される皮脂が弱酸性なので、彼らにとっては住みやすい環境となっています。
この表皮ブドウ球菌がいるおかげで、黄色ブドウ球菌は皮膚に付着しても増殖できないんですね。しかも、黄色ブドウ球菌は弱酸性の環境では生きることができないので、表皮ブドウ球菌が棲みやすい環境を作ってあげれば、自然と黄色ブドウ球菌の増殖を防止できます。弱酸性の環境を作る最も簡単な方法は、皮脂を取りすぎないこと、つまり、体を洗いすぎないということですね。
ヤケドも擦り傷も治り方は同じ
では、ヤケドした場合はどうなのでしょうか?
実は、ヤケドも擦り傷や切り傷も、怪我した原因は違いますが、治っていく過程に差はありません。だから、基本的に擦り傷や切り傷と同じように湿潤治療をすれば、ヤケドも治ります。
重度のヤケドの場合、皮膚移植を行うのが常識となっていますが、これは絶対にやってはいけない治療法です。治ってもヤケドの跡が目立ちますし、関節が動かなくなる危険もあります。
とは言え、重度のヤケドを素人が治療するのは難しいですね。こういう時は、湿潤治療を行っている病院を選んで治療してもらいましょう。しかし、まだまだ湿潤治療を行っている病院は少ないのが現状です。
優れた治療法なのですが、普及しないのは、医療業界の古い体質が邪魔していることが理由のようです。
傷はぜったい消毒するな 生態系としての皮膚の科学 (光文社新書)
- 作者:夏井睦
- 発売日: 2009/06/20
- メディア: 新書
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- メディア: ヘルスケア&ケア用品