2005年11月に東京競馬場で行われたジャパンカップ(芝2400メートル)を勝利したアルカセットが出した走破時計2分22秒1は、今後抜かれることはないだろうと言われていました。
しかし、その13年後の2018年。3歳牝馬のアーモンドアイが、アルカセットを1秒5上回る2分20秒6というタイムでジャパンカップを勝利します。3歳牝馬にとって東京芝2400メートルは過酷なレース。しかも、ジャパンカップは日本の競馬で最高峰のGⅠレース。それを3歳牝馬のアーモンドアイが世界レコードで勝利したのですから、そのニュースは瞬く間に世界中に広まりました。
ホースファーストの馬づくり
アーモンドアイを管理していた調教師は、国枝栄さんです。アパパネ、アーモンドアイの2頭の三冠牝馬を育てた名トレーナーとして有名ですが、重賞初勝利までは厩舎開業から8年もかかったと著書の『覚悟の競馬論』で語っています。
国枝さんの調教スタイルはホースファースト。馬に無理をさせない調教で強い馬を育てるホースファーストは、山崎彰義厩舎で調教助手をしていた頃に培われたとのこと。現在、多くの調教師が馬を厳しく調教しなくなっていますが、かつては、馬に無理をさせる調教が当たり前に行われていました。
重賞勝利まで8年を要した理由として、国枝さんは、馬主に対して積極的に営業をしてこなかったことを挙げています。転機が訪れたのは、1995年のアメリカ・ケンタッキー州で行われた競走馬のセリでした。吉田勝己さんが購入したブラックホークの調教を任せてほしいと依頼したところ、承諾を得ます。ブラックホークは、吉田勝己さんと金子真人さんの共有で、これが縁となり国枝さんは金子真人さんの存在を知ることになります。ブラックホークは、後にスプリンターズステークスと安田記念の2つのGⅠを勝利します。
金子さんは、キングカメハメハやディープインパクトの馬主でもあり、国枝さんも2010年の三冠牝馬アパパネや同馬の仔であるアカイトリノムスメを金子さんから預かっています。
西高東低の状況を打破するために
JRA(日本中央競馬会)は、関東と関西で所属する調教師や騎手が分かれています。関東は茨城県の美浦に、関西は滋賀県の栗東にトレーニングセンターがあり、そこで、競走馬を調教します。
かつては、競馬場で調教も行っており、その頃は関東の競走馬の方が強い東高西低の状況でした。しかし、トレーニングセンターが開設されてから西高東低に逆転することになります。
西高東低になった理由として挙げられるのは、栗東に坂路コースができたことでした。登り坂を駆け上がるトレーニングをすることで足に負担をかけず馬に負荷をかけられることから、栗東所属の競走馬が強くなっていったと考えられています。美浦でも坂路コースが作られましたが、高低差が栗東よりも小さかったことから、調教効果も栗東ほどはありませんでした。
国枝さんは、坂路の他に栗東と美浦の立地条件の差も、関東馬に不利に働いていると考えています。栗東からは、京都、阪神、中京と3つの競馬場に短時間で輸送できますが、美浦からだと短時間で輸送できるのは中山と東京の2つの競馬場だけであり、レース選択が関西馬に有利になっているからです。また、美浦から京都や阪神に輸送するには8時間超かかるのに対して、栗東から東京や中山に輸送するのは8時間以内で済み、輸送の困難さが関東馬の成績が振るわない理由であるとも指摘しています。
現在の競馬は、関東馬は関東の競馬場だけ、関西馬は関西の競馬場だけで馬を走らせるようにはなっていないことから、国枝さんは、栗東と美浦の両方に調教師が馬房を持てるようにすべきではないかと考えています。確かに輸送や調教で使える施設の有利不利をなくすためには、国枝さんの提案は望ましいですね。
除外馬が多すぎる問題
JRAのレースでは、1レースにつき最大で18頭まで出走できます。しかし、19頭以上がレースに出走したいと考えていた場合、すべての馬がレースに出走できるわけではありません。
出走馬の決定順には基準がありますが、抽選となる場合もあります。どんなに強い馬でも、抽選に漏れれば出走できない状況を改善すべきではないかと国枝さんは考えており、レーティングやランキングで優先順位を決めるべきではないかと指摘しています。
除外馬の問題については、解消されてきているように見えます。以前は、レース間隔を詰めて走る馬が多かったのですが、最近は、レース間隔を十分に空けて出走する馬が増えており、フルゲートにならないレースが増えてきています。その理由として考えられるのは外厩です。
外厩は、美浦や栗東のトレーニングセンターの外にある設備が整ったトレーニング施設のことです。かつては、レースに使った馬を休ませるため放牧に出すと牧場でトレーニングができず、筋力や心肺機能が落ち、休養明け初戦は十分な力を発揮できない馬が多くいました。だから、休養明けは、肩慣らしで走らせるレースを選び、その次に本命のレースに出走させるというのが常道でした。
しかし、外厩を利用するようになって、競走馬は放牧中でもトレーニングができるようになりました。それにより、筋力や心肺機能を維持したまま美浦や栗東に戻り、休養明け初戦から力を発揮できるようになっています。外厩は、競走馬の体作りを目的としていますが、それが、目標とするレースの前に1レース走っておくという馬を少なくさせ、除外馬を減らす効果を生み出しているのではないでしょうか。
また、かつては、未勝利馬や勝利数の少ないベテランの馬は、東京、中山、京都、阪神の主要4場での平地競争への出走に制限がかけられていましたが、その制限もなくなり除外が発生しにくくなっています。
とは言え、まだまだ除外馬を減らす工夫は必要です。
2020年11月のジャパンカップでは、国枝栄厩舎のアーモンドアイ、矢作芳人厩舎のコントレイル、杉山晴紀厩舎のデアリングタクトの3頭の三冠馬が出走しました。レースを制したのはアーモンドアイ。この勝利で国内外GⅠ競争9勝の日本記録を作り、アーモンドアイは引退しました。
1995年のアメリカ・ケンタッキー州で国枝さんが声をかけた吉田勝己さんは、アーモンドアイの生産牧場であるノーザンファームの代表です。その時の縁がなかったら、アーモンドアイの日本記録もなかったかもしれませんね。