組織に所属すると、何かしらのしがらみがあるもので、時に理不尽とも思える要求に応えなければならないこともあります。
若いときは、それを苦痛に感じることもありますが、社内のルールに従っていれば、どうにか仕事をこなせるものです。でも、マネジャーまで昇進すると、ただルールに従っていれば良いだけでなく、人と人との間に入って面倒な調整をしなければならなくなります。
一方を立てれば他方が立たたなくなるジレンマを抱えながら、毎日の仕事をこなさなければならないマネジャーは、職場で多くの悩みを抱えているものです。
部下の育成
光文社新書の『会社の中はジレンマだらけ』は、ヤフー株式会社上級執行役員・コーポレート統括本部長の本間浩輔さんと東京大学大学総合教育研究センター准教授の中原淳さんの対談を収録したもので、部下20人を束ねるマネジャーを例にマネジャーに降りかかる様々な問題を討論しています。
マネジャーにとって欠かせない仕事に部下の評価と育成があります。
その中でも部下の育成は、時代とともにやり方を変えていく必要があると中原さんと本間さんは、指摘しています。従来は、部下を修羅場に送ることで成長を促すことがありました。人は厳しい場に置かれると成長するとの信仰が強いですが、それは、部下をちゃんと育成していないことを正当化する言説でしかありません。
確かに高度成長期のように経済が発展している時代には、修羅場を経験させることで、部下が成長することはありました。しかし、現代のような低成長時代には、そもそも修羅場自体が減っているので、それを経験させることができません。ところが、経験学習という言葉の誤解釈から、部下に過大なノルマを課すなどの誤った育成方法が採られることがあります。
時代とともに働き方は変化する
時代と言えば、働き方も時代とともに変化するものです。
近年、ワーク・ライフ・バランスという言葉が普及していますが、これなども働き方が時代によって変化していることを意味していると言えます。
昔は、農業が仕事の主体でしたが、その時代には、ワークとライフが一致していました。両者が分離したのは、産業革命以後で、お父さんは外で働き、お母さんが家庭を見るという役割分担が進みます。このような役割分担は、経済が順調に成長しているときには、特に問題となりませんでしたが、現代のような低成長時代には、お父さんとお母さんが働いて家計を賄うことが当たり前となってきているため、ワーク・ライフ・バランスについての議論が活発になっています。
そもそも、お父さんが外で働き、お母さんが家庭を見る役割分担は、つい最近生まれた発想であり、長い人類の歴史の中では異質なものと言えます。
育児休暇を取ったり、育児中の労働時間の短縮に関して、職場内でもめごとが起こるのもワークとライフを分離した考え方が根底にあるからでしょう。ワークかライフか、どちらかを選択しなければならないと考える人が多ければ、育児中の時短勤務に否定的な意見が出てしまいます。
しかし、そもそも働いた時間に応じた成果を出し、それをマネジャーが評価すれば、この問題は解決しそうです。
「8時間勤務であれば、これだけの仕事ができるよね」
「だったら、4時間勤務だと、その半分の仕事をこなせば十分だし、それを評価するのが妥当だよね」
こう考えるのが、自然です。でも、育児中に部下が時短勤務となっても、人員の補充ができない職場では、どうしてもその他の従業員に負担が行ってしまいます。この問題に関しては、マネジャーが、自分の短期的な評価ばかりを気にするからジレンマが生じるのであり、会社から言い渡された目標も変わらず、人員も補充してもらえない状況は、運が悪いと開き直ることも大事だと本間さんは述べています。
年功序列か成果主義か
また、マネジャーは、年上の部下にも配慮をしなければなりません。
高度成長期のように組織が常に拡大していた時代なら、誰もが勤続年数に応じて出世できました。しかし、現代の低成長時代では、一定の年齢に達すると役職定年を迎え、出世できなくなる人が出ます。
これまでは、従業員の育成は、上に向かうことに主眼が置かれていましたが、これからは勤続年数が一定以上になると、給料が下がっていくことは避けられないので、どうやって、折り返すのか、すなわち心折れることなくどのようにして下り坂を下りていくのかの研究も大事だと中原さんは述べます。
年下の上司の下で働くことは、下り坂をどう下りるのかと関係します。
高度成長期以降、日本企業は、若い従業員には仕事内容よりも低い給料を支給し、ベテランの従業員には働き以上の給料を支給していました。この年功序列賃金は、経済成長が続いている間は文句があまり出ませんでしたが、低成長時代には、若い従業員から不満の声が上がります。
自分の方が仕事で成果を出しているのにどうして働かないおじさんの方が給料が高いのかと。
若い従業員の主張には十分に納得できます。しかし、ベテランの従業員も、若い時は安い給料で働き、勤続年数が長くなれば、若い時にもらえなかった給料を後払いされると考えていたのですから、現在の働き以上の給料をもらうのは当然だと思っています。
このような対立が生じるのは、年功序列の恩恵を受けてきたおじさんの世代と「できる人間が上に行くべきだ」と考える若手が組織内に混在していることが原因です。今後は、仕事に応じた給料が支払われる雇用慣行となっていくでしょうが、今は過渡期なので、年功序列もしばらく続くことでしょう。
ただ、働かないおじさんの給料は、下げる必要があります。当然、ベテランの従業員から反対されるでしょうが、仕事の評価は、その人の過去の功績ではなく、今期にどれだけの成果を出してきたかを基準にしなければなりません。そして、今期の成果に対しては、これだけの給料しか支払えないことも伝える必要があります。
しかし、働かないおじさんの給料を下げるだけでは、この問題は解決しないでしょう。彼らにも、働く意思はあるはずです。ただ、体力的に疲れやすくなっていたり、家庭と仕事の両立が難しい年代になり、お金の悩みも出てくる頃ですから、どうしても若い時のような成果を上げにくくなってきます。
マネジャーには、そのようなベテランの従業員に対して、過去の経験だけでなく、新たな挑戦ができる環境を整えてあげることも必要になるでしょう。
本書は、タイトル通り、会社の中にはたくさんのジレンマが存在していることを読者に伝えています。そして、どうやってそれを解消すべきかのヒントも紹介されています。
上司や部下の板挟みになって、何をどうしたら良いのか悩んでいる管理職の方は、一読すると、今の職場での悩みの解決策が見つかるかもしれませんよ。