ウェブ1丁目図書館

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ヒトの脳が大きくなるだけが進化ではない。脳が小さくなることもまた進化。

ホミニン(ヒト族)の中で、現在生き残っているのは、我々ホモ・サピエンスだけです。だから、人間(ヒト)=ホモ・サピエンスというのが一般的な認識だと思います。

ホミニンの中でも現生人類はホモ属に分類されますが、ホモ属には他にも、ホモ・ネアンデルターレンシス(ネアンデルタール人)、ホモ・エレクトスなど様々な種類があります。しかし、現生人類のホモ・サピエンス以外は全て地上からいなくなりました。

ホモ・サピエンス以外のホミニンは、環境変化など多くの理由で絶滅したわけですが、ホモ・サピエンスが現在まで生き残っているのは進化の過程で脳を大きくし賢くなったからだと、多くの人が考えているに違いありません。つまり、人間の進化とは脳を大きくすることだと。

ネアンデルタール人は現生人類よりも脳が大きかった

最も脳が大きく進化したホミニンは、現生人類のホモ・サピエンスだと思っている人は多いと思います。しかし、これは間違いで、現生人類よりも大きな脳を持っていたホミニンが過去にいました。

それは、ネアンデルタール人です。

現生人類の脳容量は平均1,350ccですが、ネアンデルタール人のそれは1,550ccもありました。もしも、脳容量が大きくなることがホミニンの進化だとすると、現生人類(ホモ・サピエンス)よりもネアンデルタール人の方が進化していたことになり、現在でも彼らがホモ・サピエンスよりも栄えていたはずです。

しかし、現在、ネアンデルタール人はどこにもいません。その事実から考えると、ホミニンの進化は脳の巨大化とは必ずしも言えません。

脳を小さくしていったホモ・フロレシエンシス

2003年にインドネシアの離島フローレス島でホモ・フロレシエンシスの化石が発見されました。

驚くことにホモ・フロレシエンシスは、身長が1メートル、脳容量が400ccしかないホミニンであったにも関わらず、100万年前から1.7万年前まで生存していたのです。しかも、これほど小さな脳しか持っていなかったのに石器文化を発展させ、小型ゾウを集団で狩猟していたというのですから、知能がそれなりに発達していたことがわかります。

科学ジャーナリストの河合信和さんは、著書の「ヒトの進化七〇〇万年史」の中で、ホモ・フロレシエンシスの化石の発見は、人類の進化が脳を大きくすることだという常識を覆したと述べています。

人類進化とは脳が大きくなることだという常識を覆し、進化の全体像をも揺るがす発見であったため、新発見の人類は病的な現代人ではないかという強い批判も寄せられたが、あらゆる形態学研究はその可能性を全面的に退けている。
(235ページ)

発見されたホモ・フロレシエンシスの全身骨格はリアン・プア1号(LB1)と呼ばれています。

脳容量が400ccしかないLB1は、400万年前の猿人と同程度の脳容量でしかありません。ホミニンの進化が、脳の巨大化だとすると、LB1は進化と逆行していたことになります。しかし、ホモ・フロレシエンシスは、石器も火も使い、集団で狩猟していたのですから、猿人よりも賢かったと考えられます。

ホモ属の出現は肉食と石器製作に関連付けられています。

脳を大型化するためには高栄養の肉食が前提とされています。そして、動物を狩るためには石器を作る必要があります。石器を作ろうとすると思考力が要求されますから、脳を発達させる必要があります。

つまり、肉を食べて脳を発達させ、狩りに必要な道具を作り、集団で狩猟を行う、これを繰り返しながらホモ属は賢くなっていったと考えられていたのです。しかし、LB1の全身骨格の発見は、脳の大型化と石器製作や優れた社会性とは必ずしも関係しないことを示したのです。

脳の縮小は島嶼化が理由か?

ホモ・フロレシエンシスは、ジャワ原人の子孫ではないかという説がありましたが、この説は否定されています。しかし、仮にホモ・フロレシエンシスジャワ原人の子孫だったとした場合、ジャワ原人の脳容量が900ccだったのにホモ・フロレシエンシスの脳容量が400ccまで小さくなっているのは不思議です。

いったん大きくして機能的に優れた脳にしたのに再び小さな脳に戻したのですから。

パソコンで例えると、ディスクの容量を増やし、CPUも高機能化させ、メモリも増設したのに再び旧型のスペックまで落としたのと同じです。わざわざ使い勝手の悪い旧式のパソコンに戻すなんて、現代人ではちょっと考えられません。

ホモ・フロレシエンシスが脳容量を小さく進化させた理由を島嶼化(とうしょか)で説明する考え方があります。

遺伝的交流を絶たれて孤島に移った大型哺乳類が、乏しい食資源と弱まった捕食圧、少ない競争者に適応して小型化するという動物生態学の原則が島嶼化だ(ただしネズミより小さい哺乳類は逆に大きくなる)。競争者や捕食者がおらず、食資源の少ない島では、消費エネルギーの少ない個体の方が自然淘汰上、有利に働くからだ。しかも遺伝的交流を絶たれて長期間隔離されると、個体数が少ないために、遺伝的浮動の影響を受けてこの形質が固定されやすい。
(261ページ)

どんなに脳を発達させても、しっかりと機能させるだけのエネルギーを補給できなければ、大きな脳は生存に不利になります。

だから、孤島で暮らしていたホモ・フロレシエンシスは、少ない食料資源で生き残るために脳容量を小さくして省エネを図ったと考えられます。脳は全代謝エネルギーの20%から25%を消費しますから、脳容量の縮小はエネルギーの節約に大いに貢献したはずです。加えて、体高も1メートルほどまで低くしたのですから、現生人類と比較すると基礎代謝量はかなり少なかったでしょう。

環境への適応こそが進化

ホモ・フロレシエンシスの例を見ていると、必ずしも高機能化が進化とは言えないのではないでしょうか?

進化とは様々な機能を付け足していくことのように思ってしまいますが、その機能を使いこなせなければ無用の長物でしかありません。しかも、機能維持のための費用がかかりすぎるのであれば、生命維持に必要なところに資源を回すことができなくなりますから、反対に種の絶滅を招く危険があるかもしれません。

現代人は、高度に発達した脳を使って生活しています。経済活動も複雑になり、求められる知識や技術も短期間のうちに変わっていきます。これだけ目まぐるしく世の中が変わっていくのですから、社会の発展に脳の進化が着いていけない人もいて当然です。


脳を高度化させて環境を変えていくことが進化のように思われがちですが、環境に適応するために機能を変化させていくことが本当の進化ではないでしょうか。

ヒトの進化 七00万年史 (ちくま新書)

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