ウェブ1丁目図書館

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自己犠牲が社会の利益になるかどうかはわからない

人間は、社会性のある生物です。

家族、学校、会社、スポーツチームなど集団で行動することが多いです。もちろん、個人行動もしますが、その場合でも社会の一員であることには変わりありません。

集団行動、つまり群れを形成して生活しているのは人間だけではありません。他の動物でも、群れを形成している種は多く存在します。

人間の場合、集団行動をすることで、製品の大量生産や大規模工業製品の製造が可能となり、社会全体を便利なものにできるので、群れを形成することに利点があるでしょう。では、他の動物たちが群れを形成することにはどのような利点があるのでしょうか。

群れることの損得

動物が群れることには、何らかの利益があるはずです。その反面、群れることで支払わなければならないコストもあるはずです。

日本比較内分泌学会の「ホルモンから見た生命現象と進化シリーズⅦ 生体防御・社会性-守-」によると、群れることによる代表的な利益は、捕食される危険性を回避できることだそうです。

個体が単独でいる時よりも、群れを形成している時の方が、誰かが捕食者の存在や接近に気付く可能性が高まります。そのため、単独行動よりも、集団行動の方が危険を察知しやすい利点があります。もしも、群れが捕食者に襲われたとしても、群れの構成員全員が捕食されるわけではないので、自分が食べられる確率が低くなります。

また、群れの中にいると、協力パートナーや繁殖相手を見つけやすいという利点もあります。同種他個体や異種との資源をめぐる競争も、数の力でねじ伏せることだってできます。

このように群れを形成することは、個体が単独で生活する場合よりも、生存にとって有利な環境を築くことができるのです。

しかし、群れを形成することは、有限の資源を集団内で取り合うことになります。病気や寄生虫の蔓延も速いので、単独行動の場合よりも罹患する危険性が高まります。これらは、群れを形成するために払うコストと考えられます。

ストレスへの対応

人間が、学校生活や職場でストレスを受けるのと同じように群れを形成する動物たちもストレスを感じます。

動物たちは、有限の資源からエネルギーを得て活動しています。エネルギーが有限である以上、個体は、身体維持、成長、繁殖などの活動にエネルギーを適切に分配しなければなりません。特に雌の場合は、繁殖に多くのエネルギーを割かなければならないため、自らの生存を犠牲にすることになります。

このような有限の資源の分配は、どの動物にも起こりますが、群れを形成する動物の場合は、社会環境の変動への対応にも資源を割り当てなければならないので、特に難しい問題となります。

人間の場合でも、小学生が嫌いな算数の授業に出席しなければならないストレス、営業マンが苦手な得意先にあいさつ回りをしなければならないストレスに晒されることがありますが、この場合も、有限のエネルギーを嫌な活動に分配していると言えるでしょう。

動物は、これらストレスに対応するために副腎から分泌される糖質コルチコイド(GC)によって、エネルギーの生産や消費の調節を行っています。

ストレスレベルが高くなれば、GCレベルを上げて多くのエネルギーを消費します。

集団生活で発生するストレスに対処するために多くのエネルギーを消費することは無駄なコストに思えますが、捕食のリスクを軽減できるなどの利益と比較衡量すると、コストを上回る利益が得られるから群れを形成すると考えられます。

群れのための自己犠牲はない

動物が群れる理由を考える場合、進化の視点が重要です。

生物進化を語る場合、自然淘汰という概念を抜きにすることはできません。生息環境に適した表現型形質をもつ個体は、高確率で生存、繁殖できます。例えば、明るい色の体色の個体は目立ちやすいために捕食者に食べられる危険が高いです。逆に暗い色の体色の個体は目立ちにくいので、捕食者に見つかる確率が低くなります。そうすると、集団内では、暗い色の体色を持つ個体の割合が増え、明るい色の体色を持つ個体が減っていきます。

これが自然淘汰であり、生息環境の選択を受けたという意味で自然選択と呼ばれることもあります。

この自然淘汰、一見すると、ある個体が群れを守るために自己犠牲を払っているように思えます。そのため、種の維持や繁栄のために形質が進化したという群淘汰という考え方があるのですが、現在では否定されています。

自己犠牲をする個体は子孫を残さずに死ぬ確率が高いので、次世代に遺伝子を残せません。そのため、自己犠牲をする形質は進化の過程で消滅するはずなので、種の維持や繁栄のために働く遺伝子を持つ個体はいなくなります。

時に個体は、種の維持や繁栄に不利な行動をすることがあります。群淘汰の概念が正しければ、個体は常に種のために行動するはずですから、種全体にとって不利な行動はしないはずです。


なんだかんだ言っても、生物は、誰だって自分が一番大切なのです。

人間だって、それは同じです。

社会のため、世界平和のためと言っても、それは自分に利益があるから言っていることです。ただ、人間の場合は、それを多くの人が望み、平和を維持するために行動しているから、社会のために自分が働いていると思っているのでしょう。

他の生物が、種に不利になる行動をすることがあるように人間も人類全体に不利になる行動をすることがあるはずです。しかし、種にとって何が有利で何が不利かを他の生物が把握できないように、人間もまた、個人がそれを把握するのは非常に難しいことです。

生体防御・社会性: 守 (ホルモンから見た生命現象と進化シリーズ)

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