ウェブ1丁目図書館

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アユの回遊にはプロラクチン、摂餌なわばりの形成にはテストステロンが関与する

現代人にとって、旅をすることは非日常の行動です。

基本的に住む場所は固定されており、転勤などの何らかの事由が発生しなければ、その場所に長期間住み続けるのが当たり前の感覚だと思います。

しかし、定住は現代人には当たり前であっても、自然界では当たり前とは言えません。多くの動物種の個体や個体群では、気候の変化、餌の確保、繁殖のために旅をします。旅をする動物と言えば、渡り鳥をすぐに思い浮かべる人が多いと思います。でも、旅をするのは鳥類だけでなく、両生類、爬虫類、チョウ、魚類なども旅をします。

夏になると、口にする機会が多くなるアユもまた旅をする魚類です。

回遊の種類

日本比較内分泌学会の「ホルモンから見た生命現象と進化シリーズⅥ 回遊・渡り-巡-」では、魚類の回遊に溯河回遊(そかかいゆう)、降河回遊(こうかかいゆう)、両側回遊(りょうそくかいゆう)があることが示されています。

溯河回遊

溯河回遊は、川で生まれた仔魚が稚魚となる頃に海へと移動して成魚となり、産卵時に再び川に戻ってくる回遊です。溯河回遊の代表はサケです。

降河回遊

降河回遊は、海で生まれた仔魚が稚魚となる頃に川へと移動して成魚となり、産卵時に再び海に戻ってくる回遊です。降河回遊の代表はウナギです。

両側回遊

両側回遊は、川で生まれた仔魚が稚魚へと成長すると産卵とは関係なく海と川を行き来する回遊です。両側回遊の代表はアユです。


どの回遊も川と海を行き来することになりますが、塩濃度が異なる環境に移動する場合、どのように体内の浸透圧を調整しているのでしょうか。

サケやウナギは、産卵のために川あるいは海に移動しますが、その時には成魚となっています。ところが、アユは、稚魚のまま川から海に移動するので、体ができあがる前に塩濃度が異なる環境に移動すると体に不具合が出ないかと心配になります。

アユは、性的に未成熟で、しかも、遊泳能力が低い状態で移動することから、それは自発的な移動ではなく、下流に流されてしまっていると言えます。アユの移動自体が自分の意思ではないのですから、ますます塩濃度の異なる環境での浸透圧調節が難しいのではないかと考えてしまいます。

浸透圧調節に関わるプロラクチン

塩濃度が異なる川と海を行き来する魚が、浸透圧調節のために下垂体で産生・分泌しているタンパク質ホルモンにプロラクチン(PRL)があります。

プロラクチンは、細胞膜のイオン透過性を減少させ、Na⁺などのイオンを体内に保持させることで、淡水中での体液浸透圧を高く保つ働きがあります。だから、海から川に移動しても、プロラクチンを分泌すれば、体液浸透圧を高く保つことができるのです。

しかし、プロラクチンは海水中ではイオンの排出を阻害してしまいます。そのため、川から海に移動した魚は、イオンの排出ができず、浸透圧を海水に適した状態に変化させられないのではないでしょうか。

アユ流下仔魚が川にいる間と海へ入った後で、prl(プロラクチン) mRNA量の変化を調査したところ、湾内でのprl mRNA量は川での10分の1しかなかったことがわかりました。この実験により、アユの仔魚には、高浸透調節作用のあるプロラクチンの遺伝子発現を大きく抑制する機構が働いていることが示されたのです。

そして、流下仔魚では、川の流れに乗って海へと入るので、環境水の塩濃度の上昇に反応してプロラクチンの産生・分泌が制御されると考えられます。つまり、プロラクチンの遺伝子発現を低下させてから海へと向かうのではなく、塩濃度に応じてプロラクチンの遺伝子発現を調節する仕組みが備わっているのです。

アユのなわばり争い

アユは、餌をとるための摂餌なわばりを形成します。。

摂餌なわばりの形成は、性成熟前の成長期に限って発達する行動形質のため、繁殖活動とは重複しないのだとか。アユの摂餌なわばりは、盛んに成長する繁殖期前の行動であり、繁殖成功に直結する進化の産物と考えられています。それゆえ、なわばり行動時に働いているホルモンは摂餌なわばりだけに関与しているようです。

アユが川の中でなわばりを作っているのと同じ時期に水槽内に2個体のアユを投入すると闘争が始まります。勝つのは基本的に体サイズの大きい方であり、勝者のテストステロン(男性ホルモンの一種)濃度は、敗者の約2倍もあったことから、テストステロンは闘争の勝敗を分けるホルモンと言えそうです。なお、この傾向は性別に関係がないようです。


現代人が、定住生活をするのは、移動生活を経てなわばりを形成した結果なのかもしれません。時になわばりに侵入してくる他個体群との闘争が起こり、なわばりを守ることもできれば奪われることもあったことでしょう。

戦争は、アユのなわばり争いと同じようなものだったのでしょうが、人間の場合は他の動物とは異なり、闘争が大規模化する傾向にあります。

今も世界のどこかで紛争が起こっていますが、それは、なわばり争いが原因であることが多いのではないでしょうか。そして、定住生活が快適であればあるほど、なわばりを守る意識も強くなり、組織的に守ったり奪ったりして、大きな戦争になるのかもしれません。