ウェブ1丁目図書館

ここはウェブ1丁目にある小さな図書館です。本の魅力をブログ形式でお伝えしています。なお、当ブログはアフィリエイト広告を利用しています。

生まれた後に性転換できる魚類

哺乳類は、生まれた時に雄か雌か決定されており、当然ながら、ヒトも生まれた時に男性か女性か決まっています。

そして、生まれてくる時に雄になるか雌になるかを自分で決断できず、その個体の性決定は運しだい、あるいは神のみがその決定権を持っていると考えるしかなさそうです。しかし、男性になるか女性になるかを自分で決めることはできないと考えるのは、人間の勝手な思い込みかもしれません。

生物全体を見渡してみると、生まれた後に雌雄の転換ができる生物もいるのです。

魚類の中には雌雄同体の種がいる

生まれた後に性転換できる生物とは魚類です。

ヒトなどの哺乳類は、精巣を持つ個体と卵巣を持つ個体が別々に存在する雌雄異体です。魚類でも、メダカ、ナイルティラピア、ヒラメなどは雌雄異体で、未分化生殖腺が成長に伴い精巣または卵巣へと変化ししていく性分化を経験します。

ところが、魚類の中には、1個体が精巣と卵巣を同時、あるいは生涯の異なる時期にもつ機能的な雌雄同体である種が存在します。

日本比較内分泌学会の「ホルモンから見た生命現象と進化シリーズⅢ 成長・成熟・性決定-継-」によれば、雌雄同体魚は大きく3つに分類されるようです。

  1. 最初に精巣がつくられ、その後に卵巣がつくられる雄性先熟魚
  2. 最初に卵巣がつくられ、その後に精巣がつくられる雌性先熟魚
  3. 精巣と卵巣がともに存在し、ある時は精巣が、ある時は卵巣が成熟する双方向性転換魚


この他にも、1個体で子孫を残せる雌雄同時成熟型の同時的雌雄同体魚も存在しています。

また、ゼブラフィッシュのように稚魚の時期に卵の元となる卵母細胞をもち、その後に精巣になる生殖腺では卵母細胞が消失して精子をつくり、卵巣になる生殖腺ではそのまま卵母細胞が発達して卵をつくる幼児雌雄同体魚もいます。

アフリカチヌなどの副雌雄同体魚は、長期間にわたり精巣と卵巣を両方もちますが、片方の生殖腺しか成熟しません。

メダカは温度で雌雄が変わる

雌雄異体魚の場合、受精時の性染色体の組合せによって雌雄が決定されます。したがって、雌雄異体魚は哺乳類と同じように性決定がなされているようです。

しかし、多くの魚種では、水温やpHなどのさまざまな生育環境が性分化に影響を与えています。

例えば、メダカは、性染色体がXYの場合、環境に関わらず雄となりますが、XX個体では、水温が33度で雄、26度で雌になります。ヒラメも18度で雌、27度で雄になるため、ほぼ完全に性分化をコントロールできます。

ただし、18度の水温でヒラメを飼育する際、コルチゾルというホルモンを添加する実験をしたところ、ヒラメは雌とならず雄になりました。ここから、高温ストレスにより合成量が上昇するコルチゾルが、ヒラメのエストロゲンの合成を抑えて雄化を引き起こした可能性が示唆されます。

このような魚種の人為的な性分化のコントロールは、水産業に役立てられる可能性を持っています。

魚類の性転換

ところで、雌雄同体の魚種は、いついかなる時に性転換をするのでしょうか。

雌性先熟魚のミツボシキュウセンは、体サイズが大きく体色が派手な1個体の雄が、なわばりを形成します。そして、なわばりの中には数個体の雌を囲い、一夫多妻のグループが構築されます。

ミツボシキュウセンのなわばりのリーダーが1個体の雄であることは、グループの構成を見れば想像できます。もしも、この雄が死ぬか、なわばりから除去され、雌だけとなった場合、どうなるのでしょうか。リーダー不在でグループが解散することが多いのが人間社会ですが、ミツボシキュウセンの世界では、雌の中で体サイズが最も大きな個体が次のリーダーに立候補します。

人間の世界でも、リーダーがいなくなれば、グループの構成員の中からリーダーが選ばれることはあります。しかし、ミツボシキュウセンは、人間の場合とは異なり、体サイズが最も大きな雌が、性転換をして雄となるのです。

複数の女性の中に1人の男性のリーダーがおり、そのリーダーがいなくなっても、他の女性が男性に変わることは、人間ではありえません。女性は女性のまま、リーダーになるだけです。

また、雄性先熟魚のクマノミだと、体サイズが大きな雌が、なわばりからいなくなると雄が雌に性転換します。そして、未成熟個体の中から最も大きな個体が雄へと性成熟し、なわばりが維持されます。

ステロイドホルモンの働き

脊椎動物の性決定や性分化には、性ステロイドホルモンのエストロゲン(女性ホルモン)とアンドロゲン(男性ホルモン)が重要な役割を果たしています。

そして、これらの性ステロイドホルモンは、性転換魚の生殖腺の変化にも深く関わっており、性ステロイドホルモンを性転換魚に投与すると人為的な性転換を誘導できます。

代表的なエストロゲンであるエストラジオールは、コレステロールを基質として複数の酵素によって合成されますが、カギとなる酵素はアロマターゼです。このアロマターゼを阻害する薬剤を雌性先熟魚のミツボシキュウセンの雌に投与したところ、卵巣から精巣への転換を誘導できます。このことから、雌から雄への性転換はアンドロゲン濃度の上昇ではなく、エストロゲン濃度の急激な減少が重要であることが明らかとなりました。


コレステロールは、悪者とされがちですが、エストロゲンやアンドロゲンの性ステロイドホルモンの合成に欠かせない物質です。

健康診断でコレステロールの値が高いと、場合によってはコレステロールの値を下げるために薬を服用させられます。現在では、コレステロールの値を下げるためにコレステロール合成を阻害する薬が使われていますが、そのような薬を使うと性ステロイドホルモンの合成が邪魔されるのではないかと不安になります。

性転換魚は、環境に応じて性転換をします。これは、環境変化に適応するための生体防御の一種なのではないでしょうか。そして、性転換には性ステロイドモルモンが関わっているのですから、人間も変化する環境に適応するために性ステロイドホルモンの調節を体内で自動的に行っているのではないでしょうか。

もしも、そうだとすると、コレステロールの合成を薬で抑えることは、心身が環境変化に適応するのを邪魔する行為になりそうです。