1億総中流と言われてきた日本社会ですが、最近は、大金持ちもいれば、貧しい人も混ざり合った社会になってきています。
大金持ちの人は、何か悩みがあっても生活に困りませんが、貧しい人は、生活がいつ破綻してもおかしくない状況にさらされています。でも、インフラが整い、1億総中流の意識が強い日本社会では、貧困は存在しないかのように思っている人が多いのではないでしょうか。また、貧困は個人の努力によって抜け出せると考えている人も多いのではないでしょうか。
相対的貧困は7人に1人
お笑いコンビのパックンマックンのパックンことパトリック・ハーランさんは、子供の頃、とても貧しい生活をしていたと著書の『逆境力』の中で語っています。ハーランさんは、両親の離婚が貧困のきっかけとなったそうですから、離婚率が上がってきている日本社会で貧困に悩む子供が増えるのは当然のことなのでしょう。
ただ、貧困と言っても、見た目に貧乏だとわかる人が少ないのが日本の貧困の特徴です。冷蔵庫や洗濯機もあれば、スマホもテレビも持っている。そんな家庭が多いので、どこが貧困なのかと思うかもしれません。貧困は、途上国のように住む家もなければ、今日食べるものもない状態と考えがちです。
しかし、貧困は見た目に明らかなものだけでなく、その国の文化的・経済的水準を下回る生活をしている状態も含むものであり、それを相対的貧困といいます。そして、OECDの基準では、可処分所得の中央値の半分に満たない世帯を相対的貧困層としています。例えば、年間の日本の可処分所得の中央値が350万円だった場合、175万円未満の手取りで生活している家庭が相対的貧困層となります。この相対的貧困層と呼ばれる人が、日本社会には7人に1人の割合で存在しています。
相対的貧困層であっても、アパートを借りて食事もできるくらいの収入はあります。生活家電も持てますし、スマホも手にすることはできるでしょう。でも、相対的貧困層の人たちは、諦めなければならないことが多くあります。旅行、習い事、学校行事、部活、進学。これらは、他の子どもたちが当たり前にやっていることです。その当たり前のことを自分はできないことに子どもは苦痛を感じるのです。
スタートラインを同じにする
ハーランさんは、貧困は何かしら社会や制度の「エアポケット」にはまってしまった状態だと指摘しています。そして、そのエアポケットにはまると、個人の努力だけでは解決するのが難しく、社会全体の問題として捉えなければならないと。
例えば、突然の新型コロナウイルスの流行で職を失うことは、誰にでも起こることであり、また、ウイルスの流行期の再就職は難しくなります。そして、両親がそのような状況になった子どもたちは、部活や進学を諦めなければならないかもしれません。
このような子どもたちに救いの手を差し伸べることが、相対的貧困を減らすことにつながっていきます。ハーランさんは、勉強をするのは自分の未来を切り開くことであり、だからこそ、勉強する機会はすべての子どもに等しく与えられなければならないと述べます。子どもは生まれてくる環境を選べません。スタートラインにあまりに差があると、貧困家庭で育った子どもは、自分の未来を切り開く機会すら与えられなくなります。
政府こそ貯蓄から投資に意識を変えるべき
2024年から小額投資非課税制度(NISA)の非課税投資枠が大幅に拡大されました。政府は、国民を「貯蓄から投資へ」向かわせようとしています。
ところが、投資を推進する政府に投資をしようとする意欲が乏しいように見えます。
子どもが進学する場合、経済的な理由から奨学金をもらう場合があります。しかし、奨学金には返済不要のものだけでなく、返済が必要なものもあります。返済が必要な奨学金は、政府から見れば、元本を確実に回収できる貯蓄と同じようなものです。「貯蓄から投資へ」というのであれば、奨学金も返済不要にし、子どもたちに投資する形に変更すべきでしょう。
返済不要の奨学金をもらった子どもの生涯収入が2億円であれば、税率を20%としても4千万円もの税を納めてくれることになります。数百万円の元本の回収とわずかな利息を得るために返済が必要な奨学金を支給するよりも、返済不要の奨学金は大きなリターンを生み出す投資です。
しかも、たくさんの子どもたちに返済不要の奨学金を支給すれば分散投資になります。投資の世界ではリスクを軽減するために分散投資が推奨されますが、それは、まとまった資金がなければできないことです。個人がNISAでちまちまと分散投資をしていても大きなリターンは得られませんし、そもそも分散投資できるだけの資金を集めるのは大変です。
奨学金の返済が苦しく、貯蓄もできずに生活が不安定になり、生活保護を受給しなければならなくなると、政府の支出は余計に増えます。良い教育を受けた人ほど多くの税を納める傾向にあるのですから、貧しい家庭で育った子どもたちが進学できるための投資を政府は惜しむべきではありません。
貧しくても大丈夫
子どもの頃に貧しかったハーランさんですが、本書からは、貧しかった頃の悲壮感があまり感じられません。もちろん、本人は苦しい思いをしており、貧乏はしない方が良いとも述べています。
でも、ないならないで、どうにか工夫をして乗り切ることをハーランさんは幼少期に学んでいます。また、多くの人に助けられ、良い縁をいただき日本で活躍できるようになっています。貧しくても大丈夫。誰かが助けてくれます。
置かれている状況は人それぞれであっても、自分をかわいそうがることをやめた人から、より明るい未来が開ける。そう信じているので、今現在、貧困に苦しんでいる子がいたら、とりあえず、今の自分が持っていることや、できることを五つ挙げてみてほしい。
(中略)
どんな小さなことでもいいから、その一つひとつに幸せを感じられたら、その瞬間から少し前を向けるはずです。(209~210ページ)