ウェブ1丁目図書館

ここはウェブ1丁目にある小さな図書館です。本の魅力をブログ形式でお伝えしています。なお、当ブログはアフィリエイト広告を利用しています。

永遠に遠い星になった彼女

2021年2月10日にデビュー30周年を迎えたロックバンドのZARD

そのボーカルと作詞を担当していたのが、坂井泉水さんです。デビュー曲の「Good-bye My Loneliness」以降、数多くの楽曲を制作し、90年代には、ZARDのシングル曲を耳にしない日はないほど人気でした。

ZARDの楽曲が多くの人に聴かれたのは、坂井さんの透明感のある歌声に乗せた、リスナーの共感を呼ぶ歌詞にあったのでしょう。

言霊

ZARDのデビューのきっかけとなったのは、1990年8月に行われたB.B.クィーンズのコーラスのオーディションです。

幻冬舎から出版された『永遠』では、そのオーディションで、坂井さんが、歌うことが自分の夢であり、ロックをやりたい旨を後にZARDのプロデューサーとなる長戸大幸さんに伝えたことが記されています。コーラスには3人の女性が選ばれましたが、その中に坂井さんはいませんでした。すでに宇徳敬子さんがコーラスのメンバーに選ばれており、坂井さんとイメージが重なることが落選の理由です。

もしも、宇徳さんより先にコーラスに選ばれていたら、Mi-Keのメンバーの一員として「ブルーライト ヨコスカ」を歌っていたのは坂井さんだったのかもしれません。

このオーディションで、坂井さんは、長戸さんに強い印象を残しました。しばらくして、長戸さんにドラマのテーマ曲の依頼がくると、すぐに坂井さんに歌わせることを決断します。

デビュー曲の「Good-bye My Loneliness」のレコーディングは、バンド名もアーティスト名も決まる前に始まりました。しかし、長戸さんは、レコーディング・ディレクターに本名で坂井さんを呼ぶことを禁止します。名前には言霊(ことだま)が宿るというのが、その理由です。だから、坂井さんを呼ぶときは、「君」や「あなた」と呼べと。

この言霊が、ZARDの楽曲のキーワードとなっていったように思います。

エヴァーグリーン

坂井さんは、デビュー曲から作詩をしています。

長戸さんは、当時、シンガーソングライターとして、最も優れていた松任谷由実さんと中島みゆきさんの歌詞を全部覚えるように指示します。良質なアウトプットは良質なインプットが大切だからです。

坂井さんの詞は、当たり前として見過ごしてしまうような日常に焦点を当てたものが多く、ここにリスナーの共感を呼び、多くの人が魅力を感じる理由だと思います。長戸さんは、ZARDの楽曲に完成度の高いメロディを求めず、坂井さんが書く歌詞が生きるメロディを選びました。

それが、ZARDの楽曲がエヴァーグリーンとして聴き継がれる理由です。ZARDの歌詞が聴き取りやすいのも、坂井さんが詞を大切にしてきたからなのでしょう。

ZARDのデビュー曲から楽曲制作に関わっていた大黒摩季さんは、「歌詞にも、メロディにも、サウンドにも無駄がない作品」だからこそ、時代が変わっても普遍的な存在であり続けるのだと述べています。大黒さんは、コーラスとしてもZARDの楽曲に参加しています。その中でも、坂井さんと一緒にコーラスラインを考えた「揺れる想い」では、坂井さんの歌声にコーラスが同化し、それが大黒さんの声だと言われてもわからないほど秀逸です。

Aメロ、Bメロ、サビ

メロディーに歌詞を当てはめることに関して、坂井さんは類まれな才能を発揮します。

長戸さんは、坂井さんに対して、曲に詞を当てはめるために以下のように指導しました。

① 口語体で書く
② Aメロで情景描写をする
③ Bメロで状況説明をする
④ サビで願望を言う
⑤ サビに曲タイトルを入れる
(102~103ページ)

例えば、「負けないで」は、すべて口語体で書かれているので①を満たしています。さらにAメロ、Bメロ、サビも上の構成となっているのがわかります。

  • Aメロ
    「ふとした瞬間に 視線がぶつかる」と情景を描写。
  • Bメロ
    パステルカラーの季節に恋した」と状況を説明する。
  • サビ
    「負けないで」と曲タイトルが冒頭に来る。しかも、それが願望になっている。


生前のラスト・シングル「ハートに火をつけて」まで、ZARDのシングル曲の多くは、この構成になっています。また、サビの冒頭に曲タイトルが来て、それが願望になっているシングル曲の例は以下の通りです。

  • 「きっと忘れない」
  • 「あなたを感じていたい」
  • 「もっと近くで君の横顔見ていたい」
  • 「今日はゆっくり話そう」


ただ、ZARDのすべての楽曲がこの構成になっているわけではなく、「Boy」は、Aメロの頭に曲タイトルが来ますし、「この涙 星になれ」はサビの最後で曲タイトルが出てきます。「心を開いて」に関しては、1番のサビにも2番のサビにも曲タイトルが出てこず、このまま終わってしまうのかなと思ったところで、「こーころをひらいーてー」と出てきて、ほっとする変則パターンです。

変則パターンと言えば、坂井さんが、辛い出来事があった時に書いた「Forever you」は、「Aメロ→Aメロ→サビ→Aメロ→間奏→サビ→Aメロ」となっており、J-POPによく見られる「Aメロ→Bメロ→サビ」とは全く違った構成で新鮮さを感じられます。

チームZARD

坂井さんもプロデューサーの長戸さんも、昭和のムード歌謡が大好きという共通点がありました。ここにZARDのテーマがあります。

代表曲「負けないで」は、応援歌として流れることが多く、そして、ほとんどの人がそのように聴いているはずです。でも、歌詞をよく聴くと、その内容が昭和のムード歌謡であることに気づきます。登場する女性は、好きな男性が夢に向かって走り続けているのを応援しています。しかし、それは彼の近くではなく遠くからで、彼女は彼の夢の実現のために身を引いたのがわかります。

アニメ『SLAM DUNK』のエンディング・テーマとなった「マイ フレンド」も「負けないで」と同じように応援歌ではあるものの、昭和のムード歌謡の要素が盛り込まれています。

夢に向かって走り続ける彼を応援している女性。会いたい気持ちが募り寂しさを感じるけども、一緒にいる時は、二人の間に乗り越えられないほど高い壁があり、孤独を感じて悲しくなる。自分の愛は本当の愛ではないと知った女性は、身を引き、遠くで彼を応援することに。

ZARDのテーマは、「”平成を生きる昭和の女”」であり、ほとんどの楽曲がこのテーマで作られています。

映像やCDジャケットの写真の坂井さんは、はかなげでどこか陰のある女性に見え、ZARDの楽曲と調和した表情に映っています。明るいサウンドで、切ない失恋の歌詞を歌うZARDのイメージは、楽曲制作や撮影の現場で共有され、イメージカラーも自然と青色に決まりました。

テレビ出演では、ノーメイクでシンプルな衣装と、ZARDのイメージを壊さないようにし、映像制作も、それ自体に意味を持たせず、楽曲と坂井さんのイメージがリスナーの意識に残ることを重要視したとのこと。また、レコーディングでは、坂井さんが良いコンディションを維持できるようにスタッフが1時間前にスタジオに入り、掃除をするなどの準備をしていました。

このようにZARDの楽曲は、坂井さんと多くのスタッフが組織的に仕事をして作られたもので、それは、会社のプロジェクト・チームやタスク・フォースのようなものだったのです。ZARDのイメージは、チームZARDがそれを共有し続けたことで、多くのリスナーに届けられていきました。本書の著者がZARDになっているのも、ここに理由があるのかもしれません。

復帰

90年代のZARDは、時代に追われるようにハイペースでシングル曲をリリースしていました。ドラマ、CM、アニメなどのタイアップが多く、いつでも、どこでもZARDの楽曲が流れていました。

しかし、2000年になると、坂井さんが体調を崩したこともあり、ZARDは、2001年2月から翌2002年5月まで休養期間に入ります。その時、坂井さんは、これからは時代に流されず、楽曲にこだわって、時間をかけながら創作活動をしていきたい旨を語っています。

復帰したZARDは、その後も、ドラマなどとタイアップしたシングル曲をリリースしていきますが、ペースはこれまでよりもゆっくりでした。また、2004年にはデビュー以来初めてとなるライブツアーも行われ、坂井さんは、全国11公演を歌い抜きます。

楽曲制作は、坂井さんの体調を見ながら進められます。時に仕事のキャンセルもありましたが、2006年には「ハートに火をつけて」をリリースしています。

2002年以降のZARDの楽曲は、90年代と曲調に変化が見られます。大野愛果さんが作曲した作品が多くなっていることも理由でしょうが、歌詞がそれまでとは異なって聴こえます。以前のZARDの楽曲に登場する女性は、「気持ちを強く持って気丈に振舞おう」としている感じでした。でも、2002年以降は、「より柔らかみが増したものの、芯が強くなった女性」のように感じられます。

「比べることなんて無意味なのにね(さわやかな君の気持ち)」や「限界なんて まだまだ 遠い先にあると思いたい(悲しいほど 今日は雨でも)」との歌詞は、強がっているようには聞こえず、心の成熟が表現されているように思えます。


坂井さんは、休養しながらも次の仕事の話をし、長戸さんからも、新たな仕事のオファーが伝えられていました。前向きに復帰を考えていたのでしょう。


でも、突然。

彼女は、遠い星になってしまった。

枯れることなく、永遠に…