現代の産業資本主義の発展は、18世紀にイギリスで起こった産業革命に端を発します。
努力すれば富を得られ、欲しい物を何でも買える資本主義は多くの人に豊かさをもたらしています。また、資本主義の発展に伴い金融も発達し、自らが多くの資本を用意しなくても事業を始めることができ、さらに産業を発展させています。
ところで、産業革命を起こすためには資金が必要になりますが、金融が発達していなかった時代にどうやって資金を集めたのでしょうか。
実は、その資金は、奴隷貿易と奴隷制によって蓄えられたものだったのです。
奴隷からの搾取
大西洋奴隷貿易史、近代奴隷制史を専門とする布留川正博さんの著書「奴隷船の世界史」では、イギリスが行っていた奴隷貿易が産業革命の資金需要をまかなう資本蓄積の主要な源泉となったことが述べられています。
- 奴隷船はヨーロッパの各港から取引に使う商品群を積んでアフリカに向かう。
- これら商品群と交換に奴隷が購入され、船に乗せて南北アメリカの各地に上陸する。
- 上陸後、奴隷は砂糖やコーヒー、綿花などの植民地物産と交換され、ヨーロッパの本国に向かい、売却される。
このような三角貿易によって資本が蓄積され近代資本主義が発達したと述べたのが、エリック・ウィリアムズでした。さらにイマニュエル・ウォーラーステインは、「資本主義とは利潤獲得を動機として組織された生産、交換、消費のシステムであり、最初から『世界経済』であった」と述べています。
資本主義がイギリスで発展し、徐々に世界に広がっていき、現在のような国際的な経済取引が行われるようになったと考えがちですが、そもそも資本主義が誕生した時から、すでに世界規模で経済取引が行われていたのです。
世界経済は、中核、半周辺、周辺の三極構造となっており、中核では自由労働、半周辺では半強制労働、周辺では強制労働が行われており、これら三極が一体となって資本主義世界システムは機能しています。そして、富や経済余剰は、周辺から半周辺、半周辺から中核に向かって移動するので、中核が富み、周辺が貧しくなっていきます。
すなわち、産業資本主義は奴隷からの搾取によって成立していったのです。そして、産業資本主義の発展に従って奴隷制は廃止されて行きました。
輸入された奴隷は約1千万人
15世紀から19世紀までにアメリカ大陸やインドなどに輸入された奴隷は約1千万人とされています。輸送中に奴隷船で亡くなった人々も含めると、さらに多くの人々が奴隷船に乗せられていたことになります。
奴隷船の中はすし詰め状態だったため不衛生であり、感染症にかかって亡くなる人がいました。また、反抗して船員たちに殺されたり体罰を加えられたりする人々もおり、時には海に身を投げ自殺する人もいました。
このような非人道的な奴隷貿易は、やがてイギリスで非難され始めます。
そのきっかけとなったのが、1769年にイギリスで起こったサマーセット事件でした。
サマーセットは在英黒人で、スチュワートによってジャマイカに奴隷として売却されそうになっていました。その際、サマーセットは鎖でつながれており、彼の支援者がそのことを裁判所に訴え、人身保護令状が発給されました。
さらに人々の関心をひいたのが、ゾング号事件でした。
ゾング号は、440人もの奴隷を乗せてジャマイカに出港しましたが、航海の途中で船内に伝染病が蔓延し、奴隷60人、船員2人が亡くなりました。さらなる感染を恐れた船長のルーク・コリングウッドは、こう述べます。
「自然死の奴隷は、船主の損失となる。しかし、生きたまま海に投げ込めば、保険会社の損失となる」(114ページ)
その言葉は実行に移され、100人以上の奴隷が海に投げ込まれ、それを見た10人の奴隷も自ら海に飛び込んで自殺しました。
これらの事件から、イギリスでは反奴隷制の声が強まっていきます。
ウィリアム・フォックスは、イギリス人が普段コーヒーなどに入れる砂糖が奴隷プランテーションで生産されたものであることを記載した小冊子を作り、毎週5ポンドの砂糖を使う家庭が21ヶ月間その使用を止めればアフリカ人奴隷1人の殺人を防げること、砂糖を1ポンド消費すると2オンスのアフリカ人奴隷の人肉を消費したことになることを訴えました。
このようなキャンペーンが展開された結果、イギリスは奴隷貿易を廃止し、各国にも外交的圧力を加えて奴隷貿易廃止の条約を結んでいきました。
その結果、1814年にオランダが奴隷貿易廃止に同意し、1815年にはフランスもそれに続きました。さらに1820年にはスペイン、1830年にはポルトガルも奴隷貿易を廃止します。ブラジルも1850年にケイレス法を制定して奴隷貿易を廃止しました。
しかし、奴隷貿易廃止の御旗は、植民地支配を正当化させるものであったため、搾取がなくなることはありませんでした。
現代も残る奴隷制
奴隷制は前近代的な物であり、現代では存在しないと思われがちです。
しかし、世界の貧しい国々ではまだ奴隷制は残っており、多くの人々が搾取を受けています。フェアトレードを謳ったコーヒー豆が販売されていることからも、不当に安い値でコーヒー豆を買い叩いている者がいることが想像できます。
産業資本主義が奴隷制を土台に発展したことを考えると、世界中から奴隷制をなくすことは容易ではなさそうです。
ただ、一国に限れば搾取をなくすことは可能だと思います。
その方法は、所得税の累進課税の強化とベーシック・インカムの導入です。
高所得者は、努力の結果、多くの所得を得たのは事実でしょう。しかし、同じ労働時間でも、所得に大きな差が出るのは、社会の中に何かしらの「ゆがみ」があるのかもしれません。仮想通貨やFXで、短期間に数億円もの財を成すのは、その例と言えます。
このような「ゆがみ」は、60%や70%といった高率の所得税を課すことで是正できるはずです。ただし、年収2千万円程度で70%の税率は高すぎますから、所得が1億円や2億円を超えた場合に70%とすべきでしょう。
そして、国民全員に一律で給付するベーシック・インカムを導入すれば、搾取から逃れることができるはずです。
先進国で累進課税の強化とベーシック・インカムの導入が進めば、やがて途上国にも波及して、奴隷制を崩壊に導くことができるのではないでしょうか。
- 作者:正博, 布留川
- 発売日: 2019/08/23
- メディア: 新書