ウェブ1丁目図書館

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わずか30万円の誘致費用でワールドカップのキャンプ地となった中津江村

オリンピックの誘致費用は、高額というイメージがあります。

2020年開催予定の東京オリンピックの誘致には、多額の費用がかけられていることは、報道内容から理解できます。

オリンピックほどではないでしょうが、サッカーのワールドカップのキャンプ地の誘致にも、多額の費用がかかるのではないでしょうか?どれくらいの費用がかかるのか具体的にはわかりませんが、数百万円、もしかすると数千万円は用意する必要がありそうです。

2002年の日韓共同開催のワールドカップの時、大分県にある中津江村が、カメルーン代表のキャンプ地となりました。人口約1,360人という小さな村が、ワールドカップのキャンプ地となったことが、当時、大変話題となりましたね。

そんな小さな村が、よく誘致費用を出すことができたものだと思うでしょうが、実は、たったの30万円しかかかっていなかったそうです。

国の補助金でスポーツセンターをリニューアル

中津江村が、ワールドカップ公認キャンプ地の募集に応募したきっかけは、村にある鯛生スポーツセンターの設備のリニューアルが目的でした。

当時の村長だった坂本休さんの著書「カメルーンがやってきた中津江村長奮戦記」によると、1998年に鯛生スポーツセンターは、設立8年目で、そろそろ設備のリニューアルを考えなければならない時期だったそうです。しかし、村の財政では、改装費用をねん出するのが難しい状況。

ちょうどその頃、既存施設のリニューアルのために国が補助する事業を募集していたので、中津江村はこれに申請を行い、99年度以降のリニューアルが決定します。村としては、施設の充実に伴って利用客も増やしていきたいと思っていたので、これを機にワールドカップ公認キャンプ地への応募申請も行いました。

2000年2月になり、当時のJAWOC事務総長代理が大分県内の4ヶ所の公認キャンプ地候補地を視察。2001年11月に無事に4ヶ所ともワールドカップ公認キャンプ候補地となりました。

最も重要なのは芝への投資

鯛生スポーツセンターの施設整備事業に投じられた費用は4億5千万円ほどでした。

経営ということを考えると、今後は、投資の回収についても考えなければなりません。そのためには、鯛生スポーツセンターを歴史に残さなければ競争を勝ち抜いていくことはできないだろうという考えが、坂本さんの心を占めるようになります。

ワールドカップのキャンプ地として利用されれば記憶に残りやすいので、中津江村としては、ワールドカップ出場国のキャンプ地として利用してほしいところです。


坂本さんが、キャンプ誘致に名乗りを上げているグランドや宿泊施設の状況を調査するにつれて、キャンプ地にとって重要なのはグランドであり、さらに言えば芝が命だということがわかってきました。

何億円という年俸をもらっているサッカー選手が、仮に芝に柔軟性、弾力性がなかったために転んで怪我をしたとしたら、それは村の責任だ。その影響は選手生命にだって響くかもしれない。芝の大切さを理解するにつれ、限られた予算を投資するならばこの部分だろうという思いは深まっていったのだった。(20ページ)

事実、前回のフランス大会に出場した各代表監督にキャンプ地の条件と選んだ基準を聞いたアンケートでも、「グランドの芝が良い状態であること」を最重要事項としていました。


そこで、坂本さんは、芝についていろいろと調べます。

夏季には夏芝、秋季から春季にかけては冬芝の種を蒔くことで一年中緑の生きた芝生を育てる方法があること、芝生は造営よりも管理に多大な費用がかかることなどがわかりました。

特に管理費がグランド1面につき2千万円もかかるということがわかったことは、今後の鯛生スポーツセンターの運営にとっては収穫でした。同センターのグランドは3面あるので、年間6千万円の維持費用がかかる計算です。しかし、同センターの年間収入は1億円程度しかありません。

そのため、グランドの芝の維持管理を外部に委託することは費用的に困難なので、内部で行うことにしました。

考えてみれば、最低限の費用でいかにきめ細かなメンテナンスを継続的に行えるかということが大事なわけですから、自分で覚えるのが一番早い。そうすれば、キャンプが終わった後にも技術的なものがきちんと残せると考えました。内部で行うことにより、管理費用も年間二百~三百万円に抑えることができる。(23ページ)

費用を大幅に抑えただけでなく、自分たちで管理をすることで技術も身に付けることができたんですね。お金がないという状況が、むしろ、良い方向に向かったわけです。

誘致に直接かかった費用はたったの30万円

さて、中津江村が、鯛生スポーツセンターに投資した費用は億を超える金額でしたが、キャンプ誘致にかかった直接の費用はたったの30万円でした。

その内容は、坂本さんが中津江村のPRのために大使館に行ったときの旅費1人分と、ジャマイカカメルーンの大使、南アフリカの監督が中津江村に視察に来た時の食事代だけです。鯛生スポーツセンターの改装費用も国や県の補助金が出ており、そもそもワールドカップキャンプのためだけに行う改装事業ではなかったので、事実上の費用は、30万円だったといえます。


なぜ、このような少額の費用でカメルーンのキャンプ誘致に成功できたのでしょうか?

それには様々な理由がありますが、僕は、坂本さんがグランドの芝が最も重要だということに気づき、そこに力を入れたことが大きいのではないかと思っています。

カメルーン代表の誘致が決まり、調印式の当日まで、代表監督は一度も鯛生スポーツセンターのグランドを確認していません。監督は、「施設は芝が一番大切なんだ」という話をしていたので、彼が実際に芝を歩いて感触を確かめるまでは合格点がもらえるかどうかわかりません。でも、坂本さんの心配は杞憂に終わります。

鯛生スポーツセンターを見た監督は「ドイツの黒い森みたいだ」ととても気に入ってくれて、芝もほめてくれた。だから、この監督なら、きっと中津江村に来てくれるだろうと確信しました。(48ページ)

坂本さんが、キャンプ地として何が最も大切なのかを事前に調べて、その部分に集中して投資したことが、カメルーン代表監督に認められたんですね。


もちろんカメルーン中津江村をキャンプ地に選んだことには他の理由もあります。その理由を当時のカメルーンサッカー協会長と代表監督が以下のように述べています。

「五百メートル、六百メートルの高所でトレーニングした後、平地に行って試合をするというのは、条件的に非常に良いんだ」(中略)
中津江村に行った時、人々がとてもあたたかく歓迎してくれた。その人情と、そして何より環境が良い。ワールドカップという高い目標に向けての準備地に適している。これが一番の決め手」(46ページ)


カメルーン代表が中津江村に到着するのが遅れるハプニングはあったものの、キャンプをうまく終えることができました。残念ながらカメルーンは予選で敗退しましたが、彼らは、中津江村でのキャンプに満足して帰国したようです。

「負けてごめんね」

当時のカメルーン代表のソング選手が、試合会場まで応援に来た中津江村の人々に言った言葉が、それを物語っています。


小さな村でも、ワールドカップのキャンプの誘致に成功した中津江村

手間をかけるべきところはどこなのか。少ない予算を有効に使うにはどうすべきか。

その見極めのために坂本さんが事前調査を徹底し、村民たちが強力したことが、カメルーン代表選手たちを満足させたのでしょうね。


2020年の東京オリンピック誘致も、中津江村のように競技に参加する選手のことを第一に考えていたのかは、プレゼンの内容からは見えてきませんが、そうであったと信じましょう。