テンプスタッフという会社があります。派遣の会社です。そのテンプスタッフの創業者は、篠原欣子(しのはらよしこ)さん。女性です。
テレビ東京系列で放送されているカンブリア宮殿という、作家の村上龍さんと経営者の方が対談する番組では、多くの社長さんが登場しますが、その多くは男性。篠原さんのような女性が出演する機会は少ないですね。
篠原さんが出演された時の内容は、カンブリア宮殿2巻に収録されています。
海外で知った派遣という仕事
篠原さんが派遣という仕事に出会ったのは、1970年代のオーストラリアでした。
勤め先の事務所で、ある日、同僚が病気で仕事を休むことになった時、見知らぬ女性がやってきて、何食わぬ顔で仕事を始めました。休んでいた同僚が職場に復帰すると、その女性はいなくなり、また、誰かが休むと代わりにやって来た人が同僚の仕事を肩代わりします。
不思議に思った篠原さんが、「あの人たちはどこから来るんですか」と会社の人に尋ねたところ、人材をプールしている会社があって、そこに電話するとやってきてくれるんだとのこと。
それが、篠原さんと派遣との出会いでした。
海外の勤務を終え、帰国した篠原さんは、どこに勤めようかと考えますが、自分にはとりたてて自慢できる技術がありませんでした。ふと、頭をよぎったのが、オーストラリアで知った派遣という仕事。
困っている会社に助け舟を出したり、能力を持った人が働きたい時に働けるというシステムはいいなと思った篠原さんは、ちょっと始めてみるかという軽い気持ちで、派遣業を開始したそうです。
篠原さんのこの行為は、今でいう起業ですね。でも、篠原さんは、起業なんて、そんな大それた気持ちで始めたわけではないとのこと。ダメだったらやめればいいだけ。女性が家事や育児や介護の合間に能力を活かせる方法があればいいなと思っていただけで、起業だとかお金儲けという気持ちはなかったそうです。
給料の支払いや監督官庁からのお叱りでしょげる日々
篠原さんは、ダメならやめればいいという軽い気持ちで派遣業を始めたということですが、日々の業務は、ストレスが多そうな感じです。
特にお金の問題が、篠原さんを悩ましていたようです。篠原さんは、働いてらった人に先にお金を支払って、その後で、派遣先の会社に請求書を出していたそうです。そうすると、支出が先で収入が後になるから、どうしても、お金が足りなくなります。だから、もうやめてしまおうと思ったのですが、たまたま自分で仕事を始めた知人からの電話で、やめるのはいつでもやめれるからがんばったらどうかと言われ、そして、次の言葉をいただいたということです。
「今は霞しか食えないけど、そのうちラーメンでも食えるようになるよ」(80ページ)
その後も、篠原さんにいろいろと困難が襲ってきます。当時は派遣という仕事がなかったことから、労働省からよく呼び出しを受けていたようです。派遣というシステムが、よろしくないということですね。きっと、資本家が労働者から搾取するイメージがあったのでしょう。
それでも、派遣先の会社から、よく働いてくれるスタッフを紹介してくれて助かったと言われたり、スタッフからは、この前働いた会社の仕事がすごく良かったので、またお願いしますと言われると、自分も嬉しくなったということです。でも、労働省の次は、職安からも呼び出されてお叱りを受け、しょげて帰ってきたということ。
だから、もうやめてしまおうと思ったそうですが、また、電話がかかってきて「お仕事お願いします」と言われると、再びやる気がわいてきたり、外資系の会社から感謝のレターが届くと、さらにやる気が出るといったことの繰り返しだったそうです。
逃げなければ見えてくるものがある
しょげたり喜んだりを繰り返しながら、派遣業を続けていた篠原さん。でも、どんなに続けても、常にお金に困っている状況は変わりませんでした。
スタッフへの支払いが月に2回あるので、その日が近づくたびにドキドキしていたということです。本当に困った時には、お母様のところへ行き、泣きながら2万5千円を借りたとのこと。そんな状況からテンプスタッフは、2,200億円の売上を上げる大企業にまで発展したのですから、篠原さんの粘り強さには感服します。
ダメならすぐに止めればいいと軽い気持ちで派遣業を始めた篠原さん。
龍さんから、成功のために外せない条件は何ですかと質問されたところ、以下のようにお答えになっていました。
逃げないことですね。置かれた環境で一生懸命やり続けること。ごくごく基本的なことだと思います。続けていればいろいろなことがわかってきますし、一生懸命やっているといろいろなことが見えてきます。(88ページ)
派遣業界には、現在、派遣切りや低収入など、様々な問題があります。でも、派遣には様々な利点もあります。経理なりメディカル関係なり、専門的な仕事を生涯にわたって極めていきたいという人にとっては、一つの会社で様々な職種を経験するよりも、派遣の方が適しています。また、女性の場合は、家事や子育てなどでまとまった時間を仕事に充てることができないでしょう。そういう場合でも、派遣なら空いている時間に自分の能力を生かした仕事が可能です。
篠原さんは、そういった女性たちの手助けをしていきたいと語っていました。
その他の経営者
カンブリア宮殿2巻には、出井伸之さん(ソニー)、新浪剛司さん(ローソン)、田中邦彦さん(くらコーポレーション)、小仲正久さん(日本香堂)、工藤恭孝さん(ジュンク堂書店)などの経営者の方との対談内容も収録されています。

カンブリア宮殿 村上龍×経済人2 できる社長の思考とルール (日経ビジネス人文庫)
- 作者:村上 龍
- 発売日: 2010/10/02
- メディア: 文庫