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ウェブ1丁目図書館

読書で得ること感じること。ここはウェブ1丁目にある小さな図書館です。本の魅力をブログ形式でお伝えしています。

酒に酔って会議で失敗した山内容堂の生涯を描いた短編小説

時代小説

山内容堂

幕末の土佐藩の殿さまです。土佐藩といえば、坂本竜馬後藤象二郎板垣退助といったところが有名ですが、山内容堂も忘れてはいけません。何と言っても、江戸幕府が朝廷に大政を奉還したのは、山内容堂の功績なのですから。

山内容堂を主人公として描いた時代小説には、司馬遼太郎さんの「酔って候」があります。この小説で、最も盛り上がるところは、やはり、大政奉還から討幕へと至るまでの山内容堂の政治上の立ち回りですね。

鯨の如く酒を飲む

山内容堂は、小説のタイトルにもなっている通り、大酒飲みです。

「鯨海酔侯よ。鯨のごとく酒をのむ殿様てのは、天下ひろしといえどもおれだけだ」
(93ページ)

自らも、そう言うようにとにかく酒ばかりを飲んでいます。だからと言って、ただの酔っ払いではありません。学問にも秀でていますし、時世を読む能力も非凡なものがありました。四賢侯の一人にも数えられていましたから、もちろん政治の才能も申し分のない物を持っています。

しかし、大事なところで失敗をやらかしてしまうのが大酒飲みの欠点です。

大政奉還徳川慶喜にすすめる

土佐藩は、幕府を倒すために奔走していた人物ばかりが有名ですが、藩自体は、徳川家に尽くすことを大事としていました。もちろん、山内容堂も、幕府寄りの立場にありました。

その理由は、藩祖の山内一豊が徳川家のおかげで土佐の領国を統治することになったからです。

だから、幕末も山内容堂は徳川家を守るために活動します。そのひとつが大政奉還です。薩摩藩と公卿の岩倉具視が、武力討幕を水面下で計画しているのを察知した山内容堂は、15代将軍の徳川慶喜大政奉還をすすめます。

大政奉還は政権を朝廷に返上すること。徳川慶喜が、それを決断すれば、武力討幕の口実がなくなります。だから、徳川家を存続させるためには、当時の情勢からは、大政奉還以外に採るべき手段がなかったのです。

小御所会議での痛恨の一言

しかし、徳川慶喜が朝廷に大政を奉還しても、薩摩藩岩倉具視の武力討幕の計画は着々と進められていきます。

そして、慶応3年12月9日に徳川慶喜の官位を辞任することと領地を朝廷に返上する、いわゆる辞官納地を決定するための小御所会議が開催されました。会議には、岩倉具視ら討幕派の面々が連なり、山内容堂も出席していました。


山内容堂は前日から酒を浴びるほど飲んでいて酔っぱらった状態。

会議では、討幕派の者たちの画策で、徳川慶喜の辞官納地が決定されようとしています。しかし、それを許すまじと、山内容堂が反発。朝廷を中心とした政治を今後行っていくことになったのは、徳川慶喜大政奉還の決断あってのことなのに、徳川だけ領地を返上するのはおかしいと、討幕派に詰め寄ります。

酒の勢いもあったでしょう。討幕派たちは、山内容堂に押されていき、会議は一向に終わる気配がありません。


ところが、山内容堂が言い放った「幼冲(ようちゅう)の天子を擁し奉りて、政権をほしいままにせんとは」という言葉が、岩倉具視に付け入る隙を与えてしまいます。

この山内容堂の発言は、天皇を子ども扱いにする不敬な言葉。

(負けた)
とおもった。たしかに大失言である。天子をつかまえて小僧なりと言い、小僧をだましてうんぬん、というにひとしい発言だった。(128ページ)

それ以降、会議は討幕派の思うままに進んで閉会します。


明治になっても、山内容堂の酒量は衰えを知りませんでした。

毎日、浴びるように酒を飲み続けたのが災いとなったのでしょう。彼は、明治5年に46歳で脳溢血でこの世を去りました。

酔って候<新装版> (文春文庫)

酔って候<新装版> (文春文庫)

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