ウェブ1丁目図書館

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真逆の発想で上場した豆富屋さん

豆腐屋さんに対してどういうイメージがあるでしょうか?

小さなお店で、長靴をはいた店主が、大きな水槽の中にある真っ白な豆腐を切り分けて販売している姿や軽トラでゆっくりと走りながら売り歩いている姿がすぐに思い浮かぶのではないでしょうか。

そういった個人が商売をしているイメージとは異なり、上場までした豆腐屋さんが篠崎屋。社長の樽見茂さんは、真逆の発想で篠崎屋を大きな豆腐屋さんに育てました。

豆の富をいただく

一般に「とうふ」という言葉を漢字で表記すると「豆腐」になります。でも、最近では「豆富」と表記しているものをよく見かけるようになりました。このような表記は以前からあったそうですが、全国的に有名にしたのが、樽見さんとのこと。

樽見さんの著書「"豆富一丁"をどう売る?」の中で、豆富と表記し始めて間もない頃は、「お前、字が違うよ」と指摘されたということが書かれていましたが、今では、パソコンで「とうふ」を漢字変換すると、候補に「豆富」が出てくるところまで浸透しています。昔からそうだったのかはわかりませんが、僕が「豆富」という字をよく見るなと感じ始めたのは、ここ数年の間ですね。

樽見さんが「豆富」の表記を使うようになったのは、豆の富をいただくという意味からだそうです。豆富屋さんとして初めて上場した篠崎屋の社長が言うと、何だか説得力がありますね。

しかし、篠崎屋の上場までの道のりは、楽なものではありませんでした。樽見さんは、もともとは教師になりたかったそうですが、大学時代に進路指導課の方から、茶髪にロン毛姿では教師なんて無理と言われ、単位もギリギリだったことから、家業の篠崎屋豆腐店を継ぐことにしたそうです。

商売のセンスがピカイチだったお母様

ということで、大学を卒業して本格的に豆腐屋として働くことにしたのですが、お母様にいきなり「給料は出ない」と言われたそうです。しかも、「お前が豆富屋をやるのは自由だけど、雇うつもりはない。篠崎屋の中で起業するつもりでやりな」と突き放すような一言。

右も左もわからないのに、いきなり起業させられた樽見さんは、とにかく売り先を探さなければ、食っていけない状況になります。とりあえずは、お父様の根回しもあり、スーパーに豆富を卸すことが決まり、本格的に豆腐の製造と販売を開始することになりました。ところが、豆富をパックしてフィルムを貼る自動包装機の購入代金が180万円もすることから、お母様に借金をすることにしたのですが、返済は来月から始めるという無茶な条件。しかも、原材料費についても、樽見さんが作った豆富の分は、全て樽見さん負担となるとのこと。

スタートしてすぐなのに、厳しい試練を課されたのです。

なんとも非情に思えるお母様の言動ですが、税務署から自分たちよりも数字に詳しいと褒められるほどの商売のセンスを持っていたとのこと。きっと、起業して間もない樽見さんが成功するためには、これくらいの試練は必要だと考えてのことだったんでしょうね。

お母様は、名門女子高校を卒業した後、一番お金を稼げる商売は何かと考えて、ゴルフ場のキャディーの仕事に就いたそうです。とあるゴルフ場の事務職として採用されたにもかかわらず、キャディーを選んだお母様は、全部のコースを調べて、どこを狙って打つのが良いのか、クラブは何を使えばよいのかを的確にアドバイスできるようになりました。

だから、お母様がキャディーについたお客さんは、みんなスコアが良くなり、必然的に指名が増えていきました。当然、チップもたくさんもらうことができました。当時は、大物の財界人や政治家も常連だったのいうのですから、まさに売れっ子のキャディーだったわけですね。

そのようなビジネスセンスを持ったお母様を樽見さんは、経営者の手本としているのでしょうね。

商材を知り尽くすことで危機から脱出

樽見さんは、開業1年目で2,000万円以上の売上を達成することができました。そして、7,000万円を借金して工場を建てることにしたのですが、これが裏目に出ます。なんと、スーパーの取締役が生意気だと言って、新店舗との取引を断ったのです。開業2年目で、樽見さんに倒産の危機が訪れました。

とりあえず、お母様から1,200万円を借りましたが、執行猶予は1年しかありません。

どうすれば良いのか?

とにかく同業者と同じ豆富を作っていたのでは、価格を叩かれるだけ。それなら、誰も作らない豆富を作ろうということで、自分が扱っている豆富という商材を徹底的に見直すことにしました。

豆富は、大豆とにがりで作られています。しかし、にがりと言っても、ほとんどの豆富屋さんは天然にがりを使っておらず、GDLやにがりこと呼ばれる工業生産された凝固剤を使っています。

僕は、あまり豆富の原材料の表示をこれまで見ていなかったのですが、この話を知って、豆富の原材料表示を確かめてみました。すると、凝固剤と書かれてはいますが、天然にがりと書かれているものはほとんどありません。天然にがりを使っている豆富は、大きな文字で目立つように天然にがりと書かれていることが多いので、そういった表示がなければ工業生産の凝固剤なのでしょうね。

さらに絹ごし豆富は天然にがりを使うと独特のつるっとした感じが出ないため、天然にがりの木綿豆富はあっても、天然にがりの絹ごし豆富はありませんでした。それに気づいた樽見さんは、だったら自分が天然にがりを使った絹ごし豆富を作ってやろうと決心したのです。

それからは、試行錯誤の日々、豆乳とにがりの分量を少しずつ変えながら何回も何回も作っては捨て作っては捨ての繰り返し。さすがにこれを見たお父様は、樽見さんに「赤字なのに、いい加減にしろ!」と怒鳴ったそうです。そんなこともありながら、9ヶ月後に「天然にがり製法絹ごし豆富」ができあがりました。

しかし、天然にがり製法絹ごし豆腐は量産できなかったため、1日30丁の限定販売。とは言え、価格は1丁100円と高めの値段設定だったもののおもしろいように売れたということです。誰もやっていないことをやってみるという真逆の決断が奏功したんですね。

現場主義からわかった売り方

樽見さんは、現場主義の重要さについても述べています。

ある日、スーパーの豆富が足りなくなったということですぐに持ってきてほしいという追加注文がありました。急いで豆富を持っていくと、生揚げも不足していたため追加注文が入ります。そこで、樽見さんは、お母様に電話をして生揚げの追加注文が入ったことを伝えます。

急いで、生揚げを取りに帰り、まだ冷めていないアツアツの状態で生揚げをスーパーに持ち込み販売を開始。すると、お客さんが、生揚げが熱いことに気づきました。樽見さんが、揚げたてを持ってきたことを伝えると、お客さんは、「あらそう、美味しそうだから2枚もらおうかしら」と言って買っていったのです。そんなことがあり、追加注文分30枚の生揚げがあっという間に完売しました。

揚げたては美味しそうに思われるんだということに気付いた樽見さん。今度は、発泡スチロールの箱に揚げたての生揚げを100枚入れてスーパーに持っていきました。すると、揚げたての生揚げが到着したのを知ったお客さんが次々と集まってきたのです。この様子を見たスーパーの店長は、これを目玉商品にしようと思い、樽見さんにマイクを渡して揚げたての生揚げが到着したことを店内放送でお客さんに知らせるようにと言いました。樽見さんが、言われるがままに揚げたての生揚げが到着したことをしゃべりだしたところ、たちまち行列ができる豆富屋さんになったそうです。


上場するほどの豆富屋さんだから、きっと何か特別なことをしているに違いないと思ってしまいますが、樽見さんがやっていることは取扱商品を知り尽くすことと現場主義の2つに集約されているようです。

最近の篠崎屋は、業績があまり良くないみたいですが、樽見さんの豆富一丁をどう売るかということに対する姿勢を見ていると、再び業績が回復するように思えますね。

“豆富一丁”をどう売る?

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