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ウェブ1丁目図書館

読書で得ること感じること。ここはウェブ1丁目にある小さな図書館です。本の魅力をブログ形式でお伝えしています。

コーヒーに入れる砂糖の量でわかる金持ちと貧乏人の行動の相似

あなたは、コーヒーを飲む時に砂糖を入れますか?

たくさん入れる人もいれば、少しだけ入れるという人もいるでしょう。全く入れない人もいるはずです。ちなみに僕は全く入れませんが、缶コーヒーを飲む時は微糖のものを飲むことがありますね。

コーヒーに砂糖を入れるかどうかといった行為は、興味深いことに金持ちと貧乏人で似ています。そう述べるのは、「食卓からの経済学」の著者の日下公人さんです。

戦後と現代ではコーヒーに入れる砂糖の量が少な目

今、どこの喫茶店も、テーブルには、砂糖が常備されています。スターバックスなどのカフェの場合は、レジの近くにスティック入りの砂糖が置いてあり、お客さんはコーヒーを買った後、必要なだけ持っていくことができます。このように現在では、どのお店でも、コーヒーに入れる砂糖の量に制限がありません。

ところが、戦後の喫茶店は、こうではなかったようです。

こんな話を現代の若者にしたところでとうてい信じてもらえまいが、それまでは、ウエイターが砂糖を入れる係で、ポットの中から客のカップの中に二さじ分入れたら、さっさとひっこめてしまうという具合で、そのくらい砂糖は貴重品だった。(54ページ)

戦後の物のなかった時代なので、まったく想像できないことではないですが、コーヒーに入れる砂糖の量なんて、たかが知れているし、そもそもコーヒーの値段に砂糖代も上乗せしておけば済みそうなものです。それなのに砂糖をテーブルに常に置いておかなかったのは、かなり高価な食品だったということなのでしょうね。

それだけ貴重な砂糖だったのですから、当時の人たちは、おそらくコーヒーに好きなだけ砂糖を入れてみたいという欲求を持っていたのではないでしょうか?だから、日下さんは、銀座のお店に行ったとき、砂糖をテーブルに置きっぱなしにしているのを見て、3杯入れても4杯入れてもいいなんて、何と豪勢なんだと感激したそうです。

先ほども述べましたが、現在は、喫茶店だろうがカフェだろうが、コーヒーに砂糖を好きなだけ入れることができます。だからと言って、コーヒーにたくさん砂糖を入れて飲む人は少ないのではないでしょうか?最近では、むしろ、ブラックで飲む人や入れても1杯だけとかスティックの半分だけとかいった人が多いように思えます。

砂糖を何杯でも入れることができるけども、あえて少ししか入れないというのは、健康意識の高まりとかダイエットとかそういった理由が現代人にはあるのでしょう。一昔前と現在の角砂糖の大きさを比較すると、現在の方がサイズが小さくなっていますし、スティックに入っている砂糖も量が少なくなっており、そういう少なめの砂糖の方が消費者に好まれているようです。

理由は異なりますが、戦後の貧しい時代と現在のような豊かな時代で、消費者は同じ行動をしているというのは興味深いですね。

砂糖に対する日本人の態度は、「入れたくても、もったいなくて入れられない」から「たくさん手に入るけれども、入れたくない」になってしまった。皮肉な話だが、砂糖を使わないという点で「貧乏時代」と「贅沢時代」は同じである。(55ページ)

金持ちと貧乏人は同じような行動をする

「食卓からの経済学」では、金持ちと貧乏人は、同じような行動をする例がいくつか紹介されています。

例えば、インド人とアメリカ人は、ザラメを手の平において、口の中にぱっと放り込んでコーヒーを飲むといったことが紹介されていました。なお、この本は1989年に出版されたものなので、現在もこういった飲み方をしているのかどうかはわかりません。

このような飲み方をするのは、ザラメは砂糖の塊なので、口の中に入れてもなかなか溶けないのが理由です。だから、少ない砂糖で、より多くのコーヒーを楽しむことができるんですね。経済的に貧しかった当時のインド人は、砂糖の節約のためにザラメを口の中に放り込んでいたのですが、経済的に裕福だったアメリカ人は、ダイエットのために少しの砂糖の量でも満足できるこの飲み方をしていたのです。

理由は異なりますが、やっていることは同じというのがおもしろいですね。日下さんは、これを「金持ちと貧乏人は、やることが同じ」と述べています。

他に時計も例として挙げられています。貧乏人は、長針と短針しかない低価格の腕時計を付けていますが、それなりに収入がある人は日付がわかるもの、頑丈なもの、宝石が散りばめられたものなど、様々な機能や装飾が施された時計を付けます。全然、行動が違うじゃないかと思うでしょうが、大金持ちともなると、世界に数人しかいない腕利きの職人が造った世界に1個だけしかない時計を付けます。そういった時計は、長針と短針しかないシンプルな作りであり、貧乏人が付けている安い時計と機能面ではほとんど同じなんですね。

さらにここから話が進み、本当の金持ちは時間にあくせくすることがないから時計そのものを付けないという結論に達します。本当にお金がない人は時計を買うことができないので、これも金持ちと貧乏人の行動が一致するという相似法則が当てはまります。

金持ちと貧乏人が同じ行動をするという相似法則をちょっと考えてみるだけでも、たくさん見つかります。

  1. 貧乏人も金持ちも体が引き締まっていてスマート
  2. 貧乏人も金持ちも古着を愛用する
  3. 貧乏人も金持ちも賃貸マンションに住む
  4. 貧乏人も金持ちも車を運転しない
  5. 貧乏人も金持ちも携帯電話を持たない

5つ思いつきました。

「1」は貧乏人は食費を多く使えないからスマートになるのに対して、金持ちはジムに通って体を鍛えスマートな体型を維持しています。

「2」は貧乏人は服を買わないから来ているものが古くなるのに対して、金持ちはビンテージもののジーンズなどを好んで着用します。

「3」は貧乏人はマイホームを購入できないから賃貸なのに対して、金持ちは税金対策を理由にマイホームを持たず、会社のお金で六本木ヒルズの高級マンションを賃貸して住みます。

「4」は貧乏人はマイカーを買えないのに対して、金持ちは運転手を雇うから自ら運転をしません。

「5」は貧乏人は携帯電話を買えないのに対して、金持ちは秘書に携帯電話を持たせるから自分が持つ必要はありません。


他にも考えれば相似法則が見つかるはずです。理由は違いますが、こういったところに目を向けると、新しい商売が見つかるかもしれませんね。デパートや紳士服を扱っているお店は、売上を伸ばすために、いかにして金持ちのお客さんを常連にするかといったことを意識しがちですが、意外とターゲットと異なる層の人たちの生活の中に答えがあるのではないでしょうか?

クールビズだって、始まった時は政治家がテレビでネクタイを付けていない夏服姿を披露していましたが、あれだって、相似法則に当てはまりますよね。

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