ウェブ1丁目図書館

ここはウェブ1丁目にある小さな図書館です。本の魅力をブログ形式でお伝えしています。なお、当ブログはアフィリエイト広告を利用しています。

経済評論家の述べることが当たらないのは人の心理を無視しているから

テレビの討論番組を見ていると、経済評論家の方が、これからの日本経済はどうなるかといったことを独自の視点や統計資料から解説していることがあります。

さすがに経済学に詳しい人の解説というのは、もっともなことが多く、とても勉強になります。増税するとこれだけ消費が落ち込むとか、オリンピック誘致で何兆円の経済効果が見込めるとか、具体的な数字を出して解説されると、なるほどと、うなずいてしまいますよね。

でも、数年後に振り返ってみると、その当時の経済評論家が述べていた通りになっていることって、そんなに多くないような気がするんですよね。もちろん、ある経済評論家が景気が良くなると言えば、別の経済評論家が景気が悪くなると言うことがよくあるので、どちらかの主張は当たるのですが。

彼らの述べていることが当たらない理由のひとつには、人の心理を無視しているという側面があるのではないでしょうか?

消費は経済学ではなく心理学の分野に変わっている

我が国小売の最大手セブン&アイ・ホールディングス鈴木敏文さんは、「商売の原点」という書籍の中で、現在の消費は経済学から心理学の分野に入っていると述べています。

しかし、多くの経済評論家は、昔から経済学の視点で消費を語ることが多いです。

経済学的視点と心理学的視点で、根本的に違うのは、前者が売り手市場を前提とした思考を出発点としているのに対して、後者が買い手市場を前提とした思考を出発点にしていることでしょう。

例えば、減税すれば景気が良くなるという発想は、消費者は欲しいものがあるけど、金銭的な余裕がないから買えないという考え方です。つまり、可処分所得が増えれば、商品が売れるに違いないという予測なんですね。そして、世の中に提供されている商品やサービスというのは、消費者が欲しいものばかりなんだという暗黙の前提があります。

ところが、買い手市場の現代においては、消費者は物質的な面では満ち足りている場合が多いので、金銭的余裕ができたからという理由だけで、買い物をしません。もちろん、食品のように生きていくために絶対に必要な物は買います。

こういった環境で、減税をすれば消費がどれだけ増えるかという考え方に意味はあるでしょうか?

買い手市場では、可処分所得が増えたから買物をするのではなく、消費者が何らかの価値を見出した時に財布のひもが緩むのです。

いまは、安さだけではなく、価値というものが求められています。
商品の効用が同じなら、安いほうがいいのは当然です。しかし、いまの人々の消費意欲には、効用を超えた、心理的要素が大きくかかわってきています。
たとえばマフラーでも、暖かいという効用は同じでも、ブランドにこだわったりするのは、効用を超えた、心理的要素が大きくかかわってきています。(62ページ)

安さだけを追求すれば売れるという発想は売り手市場の時代の考え方です。でも、効用が同じでも、高い商品を選ぶ消費者が増えているというのは、経済学では説明することができません。これは、明らかに心理学の分野なのです。

消費者が判断しやすい情報を提供する

僕も含めて消費者が買い物をする時は、その商品が値打ちのあるものかどうかということを判断して購入します。

安くても値打ちがなければ買いませんし、高くても値打ちがあれば買います。だから、売る側は、陳列している商品に関して、消費者が値打ちがあるものかどうかという判断ができる情報を提供する必要があります。


ある時、イトーヨーカ堂では、18,000円と58,000円の羽毛布団を扱っていましたが、売れるのは18,000円の方ばかりだったそうです。両者の価格差が4万円もあるのですから、消費者としては、価値の比較が難しかったのでしょう。だから、羽毛布団を必要としている人は、どちらも羽毛布団なんだから、安い方でいいかという判断をしたのではないでしょうか?

そこで、間に38,000円の羽毛布団も陳列したところ、58,000円の羽毛布団が、最も売れるようになったそうです。

これは、消費者が、18,000円の羽毛布団と38,000円の羽毛布団の比較、38,000円と58,000円の羽毛布団の比較ができるようになったから起こった現象です。三者比較が可能となったことで、それぞれの利点と欠点がわかりやすくなり、58,000円の羽毛布団が値打ちがあると判断できるようになったんですね。

一万八千円と五万八千円の商品とでは、五万八千円の布団のほうが当然価値があると思うのは、売り手側の勝手な思い込みにすぎません。この二品の比較においては、値段のわりにいい品なら、お客様にとっては安いほうが価値があるわけです。
ところが、ここに三万八千円の商品を置いておくと、お客様の価値観がずれていって、五万八千円の商品のほうを買っていかれます。これは、製品の絶対的価値の問題ではなく、明らかに心理学の領域の問題です。心理学の分野では説明できますが、経済学の分野では説明できないことです。(63~64ページ)

他人の言うことはあてにならない

こういった事例を紹介すると、「よし、これからは三者比較で商品を陳列すればいいんだな」と短絡的に考える人が出てきますが、そういうことではありません。

イトーヨーカ堂で行ったのは、三者比較の陳列というテクニック的なことではありません。どうすれば、お客さんに商品の価値を伝えることができるかを考え、そして、思いついた仮説を実行に移し検証したということです。別に三者比較じゃなく四者比較でも良かったわけです。


夏の暑い日は、アイスクリームがよく売れるでしょう。冬の寒い日には、アツアツのおでんがよく売れるでしょう。

では、夏でも冬でも、気温が20度から25度になる日があったらどうですか?

夏の場合は、昨日よりも肌寒くなるからアイスクリームの売上は減り、代わりに熱い缶コーヒーがよく売れるかもしれません。冬の場合は、昨日よりも暖かく感じるので、おでんより、ざるそばの方が売れるかもしれません。

そして、このような仮説が成り立つかどうかは、実際にやってみなければわからないことです。気温に応じて、陳列する商品を変えたら売上が増えたというのであれば、仮説が成り立っていますし、売上が減れば仮説が間違っていたことになります。それに気づくかどうかは、毎日、仮説と検証を繰り返すしかないわけです。

決して他人が教えてくれることではありません。

小売業に一攫千金はない

鈴木さんは、小売業は一獲千金を夢見るような事業ではないと述べています。

特に難しい仕事ではなく、商品をきちんと並べる、伝票を1枚1枚きちんとつける、こういった当たり前の仕事の繰り返しです。だから、何かを新しく始めて、一気に売上が増えるということはありません。逆に少々怠けたところで、売上が急に減るということもありません。


セブンイレブンの基本原則にクリンリネス(清潔)というものがあります。

これは、店内を清潔にすることはもちろんのこと、向こう三軒両隣の掃除もして、店の周囲も清潔に保っておくということです。店内がきれいでも、店の周囲が汚ければ、お客さんが入りにくいですよね。

おそらく、1日くらい掃除をサボっても、客足が減るということはないでしょう。でも、そういうことが頻繁に起こると、少しずつ客足は減っていくに違いありません。そして、売上が大きく落ち込んでいるのに気づいた時には、建て直しが難しくなっています。なぜなら、小売業は、一獲千金を狙うような事業ではないからです。


買い手市場においては、お客さんに商品の価値をわかりやすく伝えなければ売上は増えません。そのためには、仮説と検証を繰り返して、お客さんの心理を探っていく以外に方法はないでしょう。そして、お客さんに何度も来店してもらうためには、当たり前のことを継続してやり続ける必要があります。

決して、経済評論家が述べている経済理論で消費者は買い物をするわけではありません。

鈴木敏文 商売の原点 (講談社+α文庫)

鈴木敏文 商売の原点 (講談社+α文庫)