ウェブ1丁目図書館

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池田屋事件の影の主役山崎蒸を描いた短編小説

1864年6月5日に新選組が、京都の旅籠池田屋を襲撃し、長州系の浪士たちを斬ったり捕縛したりと大活躍しました。これを池田屋事件といいます。

数十人の浪士が会合を開いている池田屋に斬り込んだのは、近藤勇ら5名。外を固める隊士も数名いましたが、人数では圧倒的に新選組が不利な状況です。それなのに新選組が大活躍できたのは、隊士の山崎蒸(やまざきすすむ)の影の功績が大きかったからです。

あまり有名ではない山崎蒸を描いた短編「池田屋異聞」が、司馬遼太郎さんの著作「新選組血風録」の中に収録されています。

大坂の鍼屋の息子

新選組と聞くと、剣の達人たちの集団というイメージがあります。そして、隊士たちは、浪士ばかりと思われがちです。当初は、壬生浪士組と名乗っていたので、そういうイメージがあっても無理はないですね。

ところが、山崎蒸は浪士ではなく、大坂の鍼屋(はりや)の出身です。今でいう鍼灸院ですね。

この時代は、武士だけでなく町人も剣術を習っており、山崎蒸も鏡心明智流の道場に通い、まずまずの腕を持っていました。ただ、彼の剣には癖があったため、師匠は皆伝を与えませんでした。

それでも、目録を得ることができたので、免許状に名を記すことになります。この時までは、又助という名でしたが、目録を得た機会に姓を名乗り、名も変え、山崎蒸としたのです。

新選組に入隊

新選組が結成されたのは、1863年の春でした。

山崎蒸が入隊したのは半年以上たったこの年の暮れです。彼は、入隊して数ヶ月で幹部になり、監察、探索方を兼ねることになります。こんなに早く出世できた理由は、金策に優れた才能を持っていたからです。

出身が大坂で、しかも商人上がり。だから、大坂の金持ちの情報をよく知っており、新選組資金を必要としたときは、ちょっと大坂に出かけて、必要なお金を作ってきました。こういったこと以外にも、近藤勇が百姓の出であったことから、山崎蒸は親近感を持たれ、重用されたのでしょう。

池田屋に潜入

1864年に入ると、京都では、長州系の浪士たちが何やら不穏な動きを見せ始めます。

新選組は、浪士たちの取り締まりを行うため、探索方の隊士たちを変装させ、情報収集のために市中にばらまきます。この時、山崎蒸は、薬屋に化けて池田屋に潜入します。このところ、池田屋に怪しい浪士たちが、頻繁に出入りしているという噂があったからです。

山崎蒸の変装は手の込んだものでした。ひとまず大坂の船宿に泊まりこんで多額の薬を仕入れて、その船宿の亭主と親しくなります。そして、池田屋宛てに「大事な客だから、よろしくたのむ」という内容の添書を書かせ、それを池田屋に持っていきました。

池田屋は、すっかり山崎蒸を信じ込み、1室を用意します。また、山崎蒸は、毎日、大坂で仕入れた薬を売ったり、京都で薬を仕入たりしていたので、池田屋はおろか、浪士たちの中にも、彼を新選組の密偵だと気付く者はいませんでした。

浪士たちの不穏な動きを察知

山崎蒸が、池田屋に潜入して、しばらくたった頃、枡屋喜右衛門という商人が怪しいことに気づきます。

彼は、その情報をすぐに新選組に知らせ、隊士たちが枡屋の家宅捜索を始めます。すると、店の中から、武器弾薬が大量に見つかり、喜右衛門はお縄になりました。取り調べをすると、浪士たちが風の強い日を狙って、京都に火を放つ計画を立てていることが判明。

そして、山崎蒸が潜入している池田屋に集まっている浪士たちが、怪しいということになります。


6月5日の夜。新選組が、池田屋を襲撃しました。

戸は、内側からカギがかかっていましたが、山崎蒸が開けて、局長の近藤勇は、難なく中に入り込むことができました。そして、2階から出てきた一人の浪士をすかさず斬り捨て、それを合図に新選組と浪士たちのチャンバラが開始されます。

因縁の対決

さて、他の新選組を描いた小説だと、山崎蒸の役目はここで終わり、誰にも気づかれないように姿をくらまします。

でも、「池田屋異聞」では、山崎蒸は、池田屋で、大高忠兵衛と因縁の対決をする設定となっています。

大高忠兵衛は、山崎蒸が通っていた剣術道場の門下生。二人は、剣術修業時代から仲が良くありませんでした。その理由は、150年以上も前の赤穂浪士の吉良邸討ち入り事件と関係があるのですが、この時、山崎蒸は大高忠兵衛が自分を見下すような態度をとる理由がよくわかりませんでした。

山崎蒸が新撰組に入隊した頃、大高忠兵衛は、長州系浪士と交わっていました。

そして、事件の当日、二人は池田屋でばったり出会います。まるで、それは、吉良邸討ち入りと同じシチュエーション。新撰組と浪士たちがチャンバラを繰り広げている脇で、山崎蒸は、150年以上も続く家同士の因縁の対決に終止符を打ちます。


山崎蒸が池田屋に潜入して、近藤勇新選組隊士の手引きをしたというのは創作だといわれています。実際はどうだったのかはわかりませんが、山崎蒸が、新選組を描いた小説に登場することで、池田屋事件の下りがより面白くなります。ただ、彼は、どの小説でも脇役としてしか描かれることがありません。

なので、山崎蒸を主役に抜擢した「池田屋異聞」は、数ある新選組作品の中では異色といえますね。


なお、「新選組血風記録」には、全部で15の短編が収録されています。

近藤勇沖田総司といった有名人を主役とした作品もありますが、山崎蒸のように、普段、脇役として描かれている隊士たちを主役とした物語が多いのが特徴です。

新選組血風録 (角川文庫)

新選組血風録 (角川文庫)