ウェブ1丁目図書館

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興奮の減衰不減衰論争をみると原則から外れる例外は起こりにくいとわかる

動物は自分の意思で体を動かせます。また、心臓などは自分の意思とは関係なく動いています。

動物の体はなぜ動くのか?

その解明の足掛かりとなったのは、ガルバニの偶然の発見です。ガルバニは18世紀のイタリア人です。彼が、皮をむいたカエルの下半身に銅のフックを付けて窓の鉄格子に吊るしていると、カエルの身体が風に揺られて鉄格子に触れるたびに収縮するのに気づきました。この時、動物が動くことに電気が関係しているらしいということがわかったのです。

全か無か

現在では、刺激電流が一定以上に増大すると筋肉が収縮することがわかっています。電気がなかった時代には、生体電気信号が筋肉の収縮に関係していることに気付きようがありませんから、科学や技術の発展が、ある瞬間に思いもよらない発見や発明を生み出すことがよくわかります。

筋肉の収縮は、刺激電流が閾値以上に増大した時に起こります。つまり、筋肉は、刺激電流の増大に従って徐々に収縮していくのではなく、刺激電流の強さが一定以上になった時に収縮し、一定以下の時には無反応なのです。これを興奮の全か無かの性質といいます。

筋収縮の生理学をを専門とする杉晴夫さんの著書「神経とシナプスの科学」では、神経がどのように解明されていったのか、その経緯が詳しく説明されています。

興奮の全か無かの性質がわかった後も、神経の研究は世界中で行われています。神経についての理解が深まっていくと、やがて医療でもその知識が生かされるようになりました。手術の時に麻酔薬を使って患者が痛みを感じなくなるのも、神経の仕組みがわかったおかげです。

興奮の減衰説

1920年代に入ると、クロロフォルムなどの麻酔薬によって、なぜ興奮の伝わりが阻害されるのかに医学者の関心が移ります。

当時の神経の研究では、もっぱらカエルの神経筋標本が用いられていました。

イギリスのエードリアンは、神経筋標本の神経の一部を麻酔薬の蒸気を満たした麻酔箱に入れ、電気刺激によって起こる興奮が阻害されるまでに要する時間を調べました。エードリアンの実験によれば、興奮の大きさは麻酔箱中の神経を伝わるにつれて徐々に減少し、麻酔箱を出ると元の大きさにもどるというものでした。この実験により、麻酔を使うと、興奮の全か無かの法則に従わないのだとされたのです。

また、ドイツのフェルボルンも麻酔部中に電極を入れて電流を流す実験をしたところ、刺激電流が弱いと筋肉は反応しないが強いと収縮が起こることを確かめ、麻酔部では興奮の減衰が起こって興奮が起こりにくくなっていると主張しました。

つまり、2人の実験から麻酔を使うと刺激電流の強さに応じて筋肉の収縮が起こると考えられるようになったのです。

興奮の不減衰説

日本でも慶応大学医学部の加藤元一が、エードリアンの実験を行いました。加藤が実験を注意深く繰り返していると、あることに気付きました。それは、研究者が神経標本の作製に慣れるにつれ、興奮伝導が阻害される時間が麻酔部の長さに関係なく一定であるということでした。そして、加藤は以下のように考えます。

神経をカエルから分離する際、神経の全長に沿って存在する多数の細い神経の分枝を切断しなければならない。この際に神経線維に多くの傷口が発生する。麻酔薬は、この分枝を切断する際にできる傷口から容易に神経中に入り込んで内部の神経線維の興奮を阻害する。このため麻酔部が長いほど、傷口の数が増えるので麻酔薬はより多く神経に入り込むため、興奮伝導の阻害はより早く起こる。しかし研究者の標本作製が上手になると、この傷口は著しく小さくなるので、麻酔薬は神経の周囲の組織から一様に神経中にしみ込むようになる。このような条件下では、麻酔薬中での興奮の阻害は麻酔薬が神経の中心部までしみ込む時間で決まり、神経の長さには無関係になる。
(69~70ページ)

すなわち、麻酔を使用しているかどうかに関わらず、興奮の全か無かの性質は保たれるのだと結論付けたのです。これを興奮の不減衰説といいます。


加藤が不減衰説を唱えたことで、興奮の減衰不減衰論争が起こりました。加藤は、これまでの定説であった減衰説を覆す証拠を次々と発表しましたが、国内では相手にされませんでした。余談ですが、杉さんは、現代でも我が国の学会の態度が加藤の時代と変わっていないことを嘆いています。

加藤は万国生理学会で、自らの唱える不減衰説の実験を行いました。そして、彼の実験は見事に成功し、減衰説を唱えていたエードリアンも潔く自身の誤りを認めたのでした。

例外はそうそう起こらない

興奮は、起こるか起こらないかの二者択一です。それが全か無かの性質です。全か無かの性質が原則であれば、エードリアンの麻酔をすると興奮が減衰するという考え方は例外にあたります。しかし、エードリアンの減衰説は、加藤元一の不減衰説により誤りであったとわかりました。

興奮の減衰不減衰論争からわかるのは、原則から外れる例外はそうそう起こらないということです。例外が発生するのは、例外の検証が雑であったか、原則そのものが実は間違っていたかのどちらかの可能性が高いのではないでしょうか。

法律など人間が作ったルールは別ですが、自然界で起こる現象は実は数学のように理路整然と説明できるものばかりなのかもしれません。例外が多い学問には、まだまだ研究の余地が多分に残されているはずです。