ウェブ1丁目図書館

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弱い馬ほど戦法を考える必要がある

競馬を見たことがある方なら知っていると思いますが、レース中、競走馬は縦に列を作るように走ります。

スタートして、先頭に行けばいいのにすぐにスピードを落として、馬群の後ろに着ける馬が必ず何頭かいます。これは明らかにロスがあります。先頭を走る馬にハンデを与えているのと同じです。

それなのにわざと後ろに控えるのは、その馬が強いからと思ってしまいますが、実はその逆です。調教師の森秀行さんによると、弱いからこそ、わざと馬群の後ろに控えるのだそうです。

本当に強い馬は逃げて勝つ馬

森さんは、著書の「最強の競馬論」の中で、「本当に強い馬は逃げて強い馬」と語っています。

スタートしてすぐに先頭に立ち、レース中、一度も他の馬に抜かせることなくゴールする馬というのは、スピードの絶対値が明らかに違います。ゲートが開いた瞬間にダッシュよく飛出し先頭を奪う、後ろから競りかけようとしてもスピードが違うため横に並ぶこともできない、最後は追いかける馬の方が先にばてて差が開く一方、ゴールした時には5馬身以上も突き放している、そんな馬こそ最強といえます。

それなら、レースに勝つ馬は必ず逃げて勝つのかというと、そんなことはありません。むしろ、逃げ切り勝ちというのはそんなに多くはありません。その理由は、逃げ馬は他の馬の目標にされてしまうからです。

逃げ切るためには最後まで力を残して前にいることが条件になるが、ほかの馬が目標にするということは、逃げ馬に先導役を務めさせながらゴール前ではきっちり差し切ろうということにほかならないからだ。そのため力のない馬は途中で力を使い果たしてしまい、ゴール前でピタッと止まってしまう。(71ページ)

だから、他の馬に目標にされても逃げ切ってしまう馬というのは、本当に強い馬なのです。

控えて勝つ馬は弱点がある

反対に後ろに控えて勝つ馬は、どういうタイプなのでしょうか?

こういったタイプの馬というのは、どこかに弱点があるのです。たとえば、ゲートが開いた時に1歩目が遅く前に行くことができないとか、スタートは五分でもダッシュ力がないとか。そういった何かしらの弱点がある馬を無理に逃げさせると、レースの途中でスタミナ切れとなり負けてしまいます。

だから、どこかに弱点を抱えている馬は、逃げ馬を見る形の競馬をしてゴール前で差し切ろうとしたり、一番後ろまで下がって直線だけ全力で走る追込みを試みたりするんですね。

結局のところ、体や気性に問題を抱えている馬や排気量の小さいエンジンを積んでいる馬、つまり弱い馬ほどいろいろな戦法を考えて相手の隙をつかなければいけないわけだ。たとえば、前にいってスローペースに落とす、逆に、ハイペースになったらどん尻に構えている、あるいは、内ラチいっぱいの最短距離を走ってくる。力の劣る馬ほどそういった作戦が必要になってくるのだ。(73ページ)

調教師にとっては、強い逃げ馬に育てることが理想なのでしょうが、全ての馬が強くなるわけではありません。また、常に馬主から強い馬を預かることができるわけでもありません。

それでも、調教師は、弱い馬でやりくりをして結果を出していく必要があります。そうしなければ、ますます馬主は強い馬を預けなくなるので、預かっている馬たちの多くがどこかに難を抱える弱い馬ばかりということになってしまいます。

だから、弱い馬で結果を出すためにあれこれと脚質を試していく必要があるんですね。

弱い馬が結果を出すためにはレース選択も重要

レース中の作戦をどう考えようと、同じレースに出走してくる馬が強すぎれば、弱い馬は勝つことはできません。

それなら作戦を考えても無駄じゃないかと思うでしょうが、JRAのレースは毎週土曜日と日曜日に数十レースが行われるので、わざわざ強い馬が出走して来るレースに弱い馬をぶつける必要はありません。調教師は、自分が預かっている馬を最上位に持っていけそうなレースを選んで出走させればいいのです。

現在では、新聞記者などが次週以降のレースに出走する予定の馬の情報を取りまとめているので、その情報を入手すれば、どの馬がどのレースに出走してくるかを予想することができます。だから、調教師はその情報を見て、自分が預かっている馬がどのレースなら、結果を出せるかを予測して出走させます。


JRAのレースは、未勝利、500万下、1000万下、1600万下、オープンと階級が分かれています。未勝利を勝った馬は500万下に昇級し、500万下を勝った馬は1000万下に昇級するといったように自分が所属している条件を勝つごとに上のクラスに上がっていきます。基本的に対戦する相手は、自分が所属しているクラスに在籍している馬ということになります。

同条件のクラスの馬なら同じ実力だと思うでしょうが、下のクラスの馬でも将来的にオープンまで出世する馬がいます。そういった馬に弱い馬をぶつけても、レース前から負けることはわかっています。それなら、同条件でも、弱い馬が集まってきそうなレースを選んだ方が勝ちやすいですよね。しかも、基本的に同じクラスのレースならもらえる賞金は同じです。

このように調教師は、自分が預かっている馬が、最も結果を出しやすいレースを選ぶのが重要であり、その手間を惜しむと勝つことはおろか、賞金もほとんど獲得できなくなってしまいます。

多くのレースに走らせて賞金を稼ぎに行く

森さんは、できるだけ多くのレースに自分が預かっている馬を出走させる努力をしています。

基本的に出走する馬は、レースの10日前にはトレーニングセンターの馬房に入れる必要があります。一人の調教師が預かれる馬の数は60頭までで、成績に応じてその数は増減します。でも、トレーニングセンターの馬房は20と定められているので、残りの40頭は、牧場で待機させておかなければなりません。


自分が預かっている馬をできるだけ多くのレースに出走させるにはどうすべきか?

まず、レースを終えた馬を速やかに牧場に返して休息させる必要があります。疲労がたまっている馬をトレーニングセンターの馬房に置いていても、しばらくはレースに出すことはできません。それなら、レース後の馬を牧場に返し、牧場でリフレッシュした馬をトレーニングセンターの馬房に戻した方が、すぐに調教をしてレースに使うことができます。

次に馬を牧場からトレーニングセンターに戻すのは、レースの10日前にします。予定のレースよりもかなり早く戻してしまうのは、非効率ですからね。馬をトレーニングセンターに戻す時は、ある程度、牧場で調教をして体が仕上がった状態にしておく必要があります。

最後にトレーニングセンターでは、コンディションを整える程度に調教をしてレースに出走させます。そして、レース後は、再び速やかに牧場に返して休養させ、臨戦態勢が整った馬と入れ替えます。

この一連の流れをできるだけ多く回せば、出走させるレース数を増やすことができます。

調教師は馬主を儲けさせないと成り立たない

競馬のレースは、1着にならなくても上位に入選すれば、いくらかは賞金をもらえます。また、出走するだけでも手当てが入るので、数をこなすことで稼ぎを多くすることが可能です。

馬主にとっては、競走馬の購入代金と維持費用を回収することが重要です。馬は生き物なので、競走馬として活躍できる期間には限界があります。だから、調教師は、現役生活中に競走馬をできるだけ多くのレースに出走させ、馬主が投資した資金を少しでも多く回収できるようにしなければなりません。

それで馬主が利益を出せれば、再びその資金で競走馬を購入し、同じ調教師に預けようと思うでしょう。もしも、馬主に損ばかりをさせているなら、その調教師にはいい馬が預けられず、それどころか、預かる馬の数も減っていき、遂には廃業ということにもなりかねません。


調教師を続けるためには馬主が儲からないといけません。

馬主を儲けさせるためには、たとえ弱い馬でも、より多くの賞金を獲得できるように戦法を考える必要があります。そして、その馬に合った戦法を見つけるためには、より多くのレースに出走させて、個性を見抜かなければいけません。

調教師の世界というのは、仮説と検証を繰り返し実践できる者だけが生き残っていける世界なんでしょうね。

最強の競馬論 (講談社現代新書)

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  • 作者:森 秀行
  • 発売日: 2003/03/18
  • メディア: 新書