ウェブ1丁目図書館

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見廻組の活動は謎に満ちている

幕末の京都に見廻組という組織がありました。組織の目的は不逞浪士を取り締まること。

同じ目的として結成された組織に新選組があります。こちらは浪士を募って結成した組織で、浪士が不逞浪士を取り締まることから「毒を以て毒を制す」と表現されました。一方の見廻組は、旗本の次男坊や三男坊で結成されたので、新選組とは構成員の身分が違います。この点で、見廻組は幕府の正規組織と言えそうです。

見廻組は新選組と比較して知名度が低いです。新選組ほど活躍していなかったことがその理由でしょう。しかし、見廻組は、坂本龍馬を暗殺したことで歴史にその名を刻むことになりました。

何をしていた組織かわからない

見廻組は、坂本龍馬の暗殺以外にどのような活躍をしたでしょうか?

実は、龍馬暗殺以外にこれといった活躍はしていません。400人も構成員がいたと伝えられているのにどのような活動をしていたのか、まったくと言っていいほど史料が残っていないのです。隊士がぞろぞろと京都市中をパトロールしていれば、住民の噂話くらいは残っていそうなものですが。

見廻組は、名ばかりの組織だったのではないか。そのような疑問がわいてきます。

作家の司馬遼太郎さんが、著書の「歴史と視点」の中で、見廻組について述べています。

京都府立一中で剣術教師をしてた渡辺一郎は、臨終の間際に「自分は見廻組の一員として坂本竜馬を暗殺した」と言い残しました。大正4年のことです。坂本龍馬暗殺については、明治の早い時期に同じく見廻組の今井信郎が実行犯だと供述しています。与頭の佐々木唯三郎や渡辺吉太郎らとともに京都の近江屋を襲撃したと。

今井信郎の供述に出てくる渡辺吉太郎と渡辺一郎が同一人物なのではないかと司馬さんは考えています。おそらく、そうでしょう。

見廻組が、大政奉還の立役者坂本龍馬を暗殺していなければ、他に目立った活躍がないので、その名は歴史に残らなかったかもしれません。

清河八郎暗殺

見廻組の佐々木唯三郎は、新選組の前身である浪士組を結成した清河八郎を暗殺しています。暗殺は見廻組の結成前ですが、これも見廻組の活動に含めたとしても見廻組の活躍は2件だけです。

ただ、清河八郎の暗殺の仕方をみると、見廻組がどのような活動をしていたのかを推測する手掛かりになりそうです。

編笠を被って外出していた清河八郎に陣笠を被った佐々木唯三郎が声を掛けます。2人は顔見知りで、佐々木は「いよう、これは清河先生」と言いながら陣笠をとって挨拶をしようとしました。それに釣られて清河も編笠をとろうと両手を顎にもっていった時、背後から斬られて絶命します。

清河の側からすれば憎むべき卑怯さだが、佐々木の側からすれば味方に傷を負わせずに敵を倒すための知恵であるということになるかもしれない。かつて北辰一刀流の町道場までひらいたことがあるという強豪の清河が、このわなによって、声もあげずに斃された。清河が刀のつかに手をかけるゆとりもなかったことは、うつむけに倒れているその死骸の右手のそばに鉄扇が落ちていたということでもわかる。
(129~130ページ)

剣の達人であった清河八郎を斬った時、味方の負傷はなし。佐々木唯三郎は、不意打ちでターゲットを仕留める殺し屋だったのではないでしょうか。

坂本龍馬暗殺のための下準備

佐々木唯三郎は、坂本龍馬暗殺についても、清河八郎暗殺の時と同じように綿密に計画を練っています。

坂本龍馬暗殺の日の朝。見廻組隊士数人が十津川郷士だと名乗って、彼がアジトにする近江屋を訪れます。しかし、この時、坂本龍馬は不在でした。そこで、佐々木は近江屋付近に見張りを置き、自らは近所の先斗町の店で待つことにしました。

その日の、近江屋の出入りを確認していた見張りは、坂本龍馬が在宅中であることを確信し、佐々木にそれを報せます。そして、佐々木ら数人の見廻組隊士が近江屋へ向かい、下僕に十津川郷士であると言いながら名刺を渡しました。

下僕が来客を坂本龍馬に伝えようと2階に上がりかけた時、見廻組隊士が階段を一気に上り、下僕を斬って部屋に乱入。不意を突かれた坂本龍馬とその場に居合わせた中岡慎太郎は、あっという間に斬られてしまいました。

この時も、おそらく見廻組隊士は負傷していないはずです。剣の達人の坂本龍馬ですから、暗殺するとなると味方も傷を負う危険性が高いです。それなのに短時間で坂本龍馬の暗殺に成功したのは、佐々木唯三郎が不意討ちの名人だったからなのでしょう。

見廻組は必殺仕事人か?

見廻組の主立った活躍が、清河八郎坂本龍馬の暗殺だけで、しかも両方とも不意討ちです。

他にも見廻組が小さな事件に関わっているかもしれませんが、新選組と並ぶほどの警察組織にしては物足りなさがあります。むしろ、見廻組は、警察組織ではなく、人知れずターゲットを暗殺するために結成された組織だったのかもしれません。

坂本龍馬暗殺については、佐々木唯三郎の兄の手代木直右衛門が「あれは唯三郎がやったもので、命令は某諸侯から出た」と述べています。某諸侯が誰を指すのかは不明ですが、旗本で構成された見廻組に指令を出しているのですから幕府方なのでしょう。

表立って政治の世界から排除できない人物を闇に葬るのが見廻組、いや佐々木唯三郎に与えられた仕事で、彼は何か仕事を請け負うたびに腕利きの侍を雇っていたのかもしれません。

佐々木唯三郎は、幕府筋から特命があった場合、そのつど腕ききの者を選んで出動したように思える。逆にいえば、新選組のようにいついかなる場合でも組織が機敏に動き、それも組織ぐるみで動くということは見廻組にはなく、このためにその日常活動がつい不活発になってしまっていたといえるかもしれない。
(124ページ)

見廻組は、必殺仕事人のような存在だったのでしょうか。

歴史と視点―私の雑記帖 (新潮文庫)

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