ウェブ1丁目図書館

読書で得ること感じること。ここはウェブ1丁目にある小さな図書館です。本の魅力をブログ形式でお伝えしています。

人は人から物を買いたいと思うもの。人との縁を大切にして出来たレストラン。

新幹線に乗っていて、隣に座って来た人にいきなり声をかけられたらどう思いますか?

おかしな人じゃないのか?詐欺師?それとも宗教の勧誘?

多くの方はそう思うでしょう。でも、新幹線で隣の乗客に声をかけて、たくさんの友達を作っている人がいます。一体、どうやって、新幹線の中の2時間程度の時間で友達になるんだと思いますよね?最初は、わざと相手の靴を踏んで、謝りながらハンカチで靴を拭きながら、少しずつ、うち解けていくのだそうです。

そう語るのは、クロフネカンパニーの中村文昭さん。中村さんは、26歳の時に人との縁を大切にして銀行から2億円の融資を受けて、ウェディングができるレストランを開店することに成功しました。

焼き鳥屋の隣に座った男性との出会い

中村さんは、著書の「お金でなく人のご縁ででっかく生きろ!」の中で、高校卒業後、やりたいことを見つけるために実家を出て、単身、上京したと語っています。

東京では、お兄さんが住んでいる部屋に居候。


ある日、ブレーキがきかない自転車を運転していて、止まることができなくなり、防衛庁の敷地内に無断で侵入してしまった中村さん。当然のことながら、職員につかまり、取り調べが行われます。上京して間もない中村さんは、お兄さんの部屋の住所も電話番号も知らなかったので、実家の電話番号を職員に教え、お母さまに連絡されました。

結局、全ての指の拇印を押されて解放されましたが、ブレーキなしの自転車を押しながら歩いていると、今度は、お巡りさんに職務質問をされました。

自転車泥棒と間違えられたのです。

そして、再び、実家のお母様に今度は警察から連絡が入ります。1日に防衛庁と警察から電話がかかってくるのですから、お母さまも、心配したことでしょう。


中村さんの身元の確認が取れたことで、お巡りさんの疑いは晴れました。中村さんは、さっきも防衛庁で大変なことになったと、お巡りさんに話したところ、以来、何かと気にかけてくれて、焼き鳥屋に連れて行ってもらったりしたそうです。そして、焼き鳥屋の店主も、中村さんのためにお客さんの食べ残しを取っておいてくれたりと、いろいろと面倒をみてくれたということです。

その焼き鳥屋で、たまたま隣に座った熊本出身の26歳の大柄な男性との出会いが中村さんの人生を変えることになります。

金儲けが人生の目的ではない

隣に座った大柄の男性は、若干26歳ではありますが、人生経験が豊かで、若いうちに成功して大金を手にしたものの、親会社の倒産で莫大な借金を抱えていました。

大柄な男性は、上京した理由を聞いてきたので、中村さんは「目的がないから出てきたんです。これから探さなあかんと思ってます」と答えます。すると、大柄な男性は、「目的がないといっても金はほしいだろう?きれいな彼女もほしいだろう?若くして成功したいと思っているだろう?」と問いかけてきました。

まさに図星です。そして、大柄な男性の話しは続きます。

「金儲けなんてものは、人生の目的ではないぞ。金のために働く人生なんて、つまらないものだ。人生の目的というのは、これから長い長い人生を送って、臨終を迎えるとき、どんな人間になっていたいかだ」
聞いてみると、その人は超進学校を卒業して難関・早稲田大学に入学したのですが、3か月で「くだらん」とやめてしまい、家庭教師や学生アルバイトの派遣業を始め、やがて、取引先の社長に見込まれて、十九歳で会社を任されたというすごい人でした。(31ページ)

この大柄な男性が、中村さんの師匠となります。そして、彼の下で中村さんは、果物や野菜の行商をすることになりました。

トライアングル・サンキュー

師匠の下での仕事は、きついものでした。

給料もほとんどありません。それには、師匠の深い考えがあったからです。

「世間のやつと同じに金をもらって、同じように金を使ったり貯めたりしていたら、大きな夢がかなうと思うか?いいか、中村。並の人間と同じことをしていたら、並の人間にしかなれないぞ。十五万、二十万を貯めて事業をおこそうと思ったら、いったい何年かかるんだ?おれが今、苦労しているのは、でっかくなるためだ。だけどな、中村、おれはじぶんだけでっかくなるなんて、小さいことは目指していない。おまえたちにも同じくらいでっかくなってもらえないと、自分がでっかくなったことにはならないんだ」(37~38ページ)

この言葉を聞いた中村さんは、節約し、のどが渇いた時もジュースを買わずに取引先の農家に水をもらったりしていました。農家のおばちゃんが理由を尋ねると、自分たちの夢のためにお金を貯めていると答えたところ、農家の方も応援してくれるようになり、農協に卸せない形の悪い野菜をいただけるようになりました。


このいびつな形の野菜が、お客さんに好評で、すぐに売り切れるようになります。

中村さんたちは、以後、農家から形の悪い野菜を安くで譲ってもらうことにします。そして、その農家のおばちゃんの話しをお客さんにすると、ますます喜んで買ってくれたそうです。

僕はそのときしみじみ、「人は人から物を買いたいんだな」と思ったものです。
そして、いびつな野菜が売れたことにヒントを得て、今でいう産直方式のような商売を始めたのです。農家の人たちは、僕たちがそういういびつな野菜を含めて仕入れるので、今まで捨てていた野菜をムダにせずにすみます。お客様は、安い野菜を買えるし、生産者の顔が見えるので、安心だと喜びます。(中略)
三者がそれぞれ、ひとつの中心に向かって、「ありがとう」と感謝する、「三方ありがとう」。
「トライアングル・サンキュー」の精神を、この時代に僕たちは身につけました。(40~41ページ)

20代の若者が2億円の融資を受けることができた理由

師匠の下で3年間、修業をした中村さんは、実家の伊勢に戻り、独立してレストランウェディングの仕事をすることにしました。

必要な資金は2億円。

当時、23歳だった中村さんに資金を貸してくれる銀行なんて、普通はありません。しかし、中村さんは2億円の借入に成功します。


お金がなかった中村さんは、それを理由に諦める気はありません。ないならないで、どうにかならないかと考えていたところ、新聞に掲載されている高額納税者長者番付に目が止まりました。

そこで、中村さんは、一人ずつ順番に高額納税者にあたっていけば、お金を貸してくれる人がいるのではないかと考え、行動に移します。どんなに時間がかかってもあきらめないと覚悟した中村さん。でも、援助してくれる人は、意外と早く見つかりました。それは、74歳の製材業で財を成した方でした。

当然のことながら、見ず知らずの若造にポーンと2億円も出すお人よしがいるはずありません。だから、中村さんは、話を聞いてもらうために庭の草取り、ガラス拭き、車の掃除など役に立つことをいろいろとしました。

「おまえ、死ぬまでついてくる気やろ」(中略)
「おれがこうやって製材の仕事をして、これだけの財産を成しえたのも、やっぱりおまえぐらいの年のときに力を貸してくれた先輩がいたからや。人生のうちで、そういう人間に出会えて逆の立場になれたら満足やと思ってた」(63ページ)

そう語った富豪の男性は、土地の権利書を持って、中村さんと一緒に銀行に行き、自分が保証人になるから2億円を融資してほしいとお願いしてくれました。

こうして中村さんは、26歳でウェディングができるレストランを開店することができました。


この話を聞くと、人との縁が人生の大きな転機になるということがよくわかりますね。そして、行動しなければ何も起こらないということも。

普段、近所ですれ違うことはあっても、話をしたことがないという人にあいさつするだけでも、そこから縁が生まれて、日常生活に変化が生まれるかもしれませんよ。

お金でなく、人のご縁ででっかく生きろ!

お金でなく、人のご縁ででっかく生きろ!