ウェブ1丁目図書館

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突然、看護師からバイヤーに。おいしい食べ物を求めて諸国行脚。

今や、インターネットを利用したお取り寄せは当たり前。

ショッピングモールや大手通販サイトに行けば、どんな食べ物でも、購入できるようになっています。現在では、個人サイトも含めれば、数えきれないほどのショッピングサイトが乱立ししていますが、そういう状況になったのは2000年以降ではないでしょうか?

セコムの食は、1998年から運営を始めた通販サイトなので、ネットショップの中ではパイオニア的存在と言えます。そこで働く猪口ゆみさんは、前職が看護師という異色のバイヤー。セコムの食の数々のヒット商品は、猪口さんが諸国行脚の末、見つけ出してきたものが多いそうです。

医療事業部からマーケティング戦略室へ突然の異動

猪口さんの著書「おいしいもの、届けます!」によると、彼女は、看護師として大学病院などで勤務した後、97年にセコムに入社し医療事業部で働いていたそうです。それが1年後、突然、まったく今の仕事とは関係のないマーケティング戦略室への異動が決まります。

猪口さんが、マーケティング戦略室に異動になったのは、せっかちな室長によると、医療部門にいた時にホームページにいろいろなコラムを書いていたことが理由とのこと。通信販売を始めるにあたって、カタログは重要な宣伝材料。カタログ作りは外部に委託することが多いのですが、セコムの食では、自分たちで全て書くことにしていました。そこで、コラムを書いていた経験を買われて、猪口さんはマーケティング戦略室に配属されたわけです。

さらに、せっかちな室長は、猪口さんにカタログ作りだけでなく、商品選びも任せることにしました。どこで見つけてくるかも、すべて猪口さんに任せるというのですから、大胆な起用です。

1日3セット限定のパン

マーケティング室での最初の仕事、オジサンばかりの試食会を経験した猪口さんは、「おいしい記憶」を引っ張り出してきて、あるパン屋さんにアプローチすることにしました。そのお店の店主は、猪口さんがパンを買いに行くと、いつも愛想よく対応してくれていたそうです。週末には、よくドライブの途中に立ち寄って、パンをたっぷりと買い込んでいたとのこと。

だから、あの店のパンなら大丈夫と思って、電話をかけたのですが、受話器の向こうの店主の対応は、いつもとは違い何ともそっけないもの。何とか店主を説得して実際にお店に足を運び、通信販売の趣旨を説明したのですが、「うちは外には売りません」の一点張りです。

店主に通販の話を断れた猪口さんは、もう二度とこの店に足を運べなくなると思い、それが悲しくてなりませんでした。そこで、自分がこのお店のパンがとても好きで、よく買いに来ていたこと、今回の通販の仕事をすることになって一番最初に連絡したことを店主に告げます。

すると、店主の対応が一変。猪口さんの話を検討してくれることになりました。

実は、パン屋の店主は、これまでにも通販会社から何度もアプローチされていました。しかし、先方の売ってやってるという態度や毎日これだけ出荷してくれといった要求に辟易して、そういった話には応じないようになっていたそうです。

だから、猪口さんも、また他の通販会社と同じだと思い、話を聞こうとしなかったんですね。

ただ、小さなパン屋だったことから、1日に用意できるのは3セットとのこと。発行部数17万部のカタログに対して、とんでもなく少ないセット数です。会社に戻り、せっかちな室長と穏やかな課長に内容を報告すると、3セットだけでも掲載しようと言うではないですか。これには、猪口さんも大変喜び、すぐにパン屋の店主に連絡してカタログの掲載が決定したことを伝えました。

当初の予想通り、1日3セット限定のパンは人気で、1ヶ月半以上も待たなければお客さんは買うことができない状況となります。

これは、通販会社にとって嬉しいことですよね。よくテレビなどでは、予約しても数ヶ月待たなければ食べることができない超人気のパンがもてはやされていますが、こういった状況に猪口さんは複雑な心境だったそうです。お客さんを2ヶ月近くも待たせていることに罪悪感があったんですね。

でも、ある日、穏やかな課長にお客さんから届いたアンケートはがきを見せられると、そこには、苦情が一切書かれていませんでした。「とてもおいしかった」「一ヶ月以上待った甲斐がありました。ありがとう」など感謝の気持ちが書かれたものばかり。パン屋の店主にもアンケートはがきを見せると、大変喜ばれたそうです。

自分がおいしいと思う商品をカタログで紹介する。そして、その商品に関わっている人すべてが喜んでくれたことに、ものすごく大きな充足感があった。みんなが喜ぶ仕事って、なんて楽しいんだろう。もしかして、この仕事の担当になったわたしって、めちゃめちゃラッキーなのかも-。(37~38ページ)

「おいしい」「安心」「自然」を求めて飛び回る

セコムの食では、扱う商品が「おいしい」ことは当然ですが、他に「安心」と「自然」という基準も満たす必要があります。

不必要な添加物が使われておらず、農薬や化学肥料にもできるだけ頼っていない安心感のある食材。素材本来の旨みをを引き出し、化学調味料などが使われていない自然な食材。

これらの基準を満たす商品を探していくと、おいしくてもカタログに掲載できない商品が非常に多いとのこと。特に自然な食材というのは、化学調味料を使ったものに比べると味のインパクトが薄いので、どうしてもお客さんからの受けも即効性がないようです。

だが、化学調味料に頼らずに職人たちが手間をかけて作った商品は、ジワジワと実力を発揮してくるものである。滋味に満ち、食べ終わると上質の旨みだけが残り、無用に舌を刺激するようなことがない。(72ページ)

刺激の強い味は初めて食べた時は、とてもおいしく感じます。でも、その美味しいという感覚は長続きしないように思います。やはり、長く愛される食べ物というのは、自然で素朴な味なのかもしれませんね。

上記の3つの基本理念を満たす食品を見つけるのは簡単ではありません。100の試食のうち採用されるのは3つあるかないか。そんな状況なのですから、職場近くで商品を探すことには限界があります。だから、猪口さんは、全国に飛び回って、3つの基本理念を満たす商品を訪ね歩いています。

地方の生産者の方と会おうと思うと出張になります。初めての出張の時は、当然、上司の誰かが一緒に行ってくれると思っていたのですが、そんなことはなく、猪口さん一人で現地に行ったそうです。まだ、部門異動して間もない時なのにです。

僕も以前勤めていた職場で、同じ経験をしたことがあります。一人で知らない土地に行き会ったこともない取引先の人と仕事をしなければならないのですから、とても不安です。しかも、一度、一人で出張に行くと、その話が他の上司にも伝わって、また、別の取引先に一人で行かされます。こうなると、職場では、勝手に僕のことを出張専門みたいに扱いだし、1ヶ月のうち半分くらいホテル暮らしなんてこともありました。

でも、今にして思えば、一人で出張に行かすということは、それなりに信頼されていたのかもしれません。何より自分自身が経験を積んだことで、少し成長できたように思います。きっと、猪口さんも一人での出張の経験が活かされて、数々のヒット商品を見つけ出すことができたのでしょうね。人気商品のトップ20のうち、猪口さんが開拓した商品が17も入っていたことがあったそうです。

地味だけとおいしいかんころ餅

猪口さんが、諸国行脚で開拓した商品には、釣りたらこ、じゃこ天などさまざまありますが、それらの中で僕も食べたことがあるのが、長崎県五島列島の名産のかんころ餅です。

かんころ餅は、見た目は黄緑色のたくあんのような細長い形をしています。それを一口サイズに切り分けてオーブンで焦げ目が少しつくくらいに焼いて食べます。原料はサツマイモ、もち米、砂糖で、とても素朴ですが飽きにくい味をしています。伝統食品なので、化学調味料は使っていませんし、食材も自然のものだけ。まさに3つの基本理念を満たした食べ物です。

これは僕の場合なのですが、かんころ餅を一切れ食べると、次の日の便通がとても良くなります。サツマイモが原料となっていることが理由なのでしょうが、もしかすると、自然に近いものを食べると、腸内環境が悪化しにくいのかもしれませんね。

近年、五島列島は過疎化が進み、農家も高齢化していることから、サツマイモの生産量が減っているとのこと。だから、このまま何もしなければ五島列島かんころ餅は絶滅してしまうかもしれません。猪口さんが長崎で出会った取引先の方は、かんころ餅を絶やしたくないことから、五島列島の農家が育てたサツマイモを他よりも高く、しかも、全量買い取っているそうです。中には傷んでいるものもありますが、それらも含めて買い取り、選別も自ら行っています。

かんころ餅は、見た目がとても地味です。だから、カタログに掲載する写真もインパクトがなく、全然おいしそうに見えません。でも、写真がダメなら文章があるということで、猪口さんは、取引先の方の顔写真とともに以下のコメントをカタログに載せました。

一見、硬そうで何の色気もないかんころ餅ですが、一センチ位に切ったものを網にのせて焼いていただくと、予想以上にしっとりと柔らかくなり、もち米と干し芋の甘さが増してさらにおいしくなります。これが長崎の味、自信を持ってお届けします。(148ページ)

この文章を読みながら、焼き上がったかんころ餅を思い浮かべると、また、食べたくなってきました。


「おいしいもの、届けます!」を読むと、普段、食卓に上がる食べ物には、たくさんの人が関わっているんだということを再確認できました。毎日食べるものほど、安く提供されているのですから、生産者の方に入ってくるお金なんて微々たるものなのでしょう。それでも、世間の人々の胃袋を満たすために、毎日、食べ物を作り、運び、店頭に並べてくれているのですから、生産者だけでなく、食に関わっている全ての人に感謝しないといけませんね。