ウェブ1丁目図書館

読書で得ること感じること。ここはウェブ1丁目にある小さな図書館です。本の魅力をブログ形式でお伝えしています。

人間が作ったルールはある日突然変わる

社会には様々なルールがあります。法律や条例がその典型ですね。

個人の約束もルールと言えます。約束を破ると自分の信用が失われ、次から頼みごとを聞いてくれなくなるでしょう。でも、これは自業自得だから仕方ありません。しかし、国家が国民との間で作ったルールは、国民が違反すると罰を受けますが、国家が違反しても罰を受けることはありません。

貨幣経済は国家と国民との間のルールで成立している

現在の貨幣経済も、国家と国民との間で成立しているルールです。日本であれば、日本円をお店に持っていけば商品と交換できます。

紙や円い金属と交換に食べ物や衣服などが手に入るのは、よく考えてみると不思議なことです。なぜ、肖像画が描かれた紙をお店に持っていけば買い物ができるのか。それは、その肖像画が描かれた紙に商品と同等の価値があると日本国民全員が信じているからです。

もはや現代日本では、貨幣と交換に商品を手に入れることは常識となっていますから、誰も、買い物の際に紙幣や硬貨に商品と同等の価値があるかを吟味しません。そして、たくさんお金を持っていれば、食うに困ることはないし、病気にかかったり怪我をしても治療を受けて元気になれると信じています。だから、お金を蓄えておくことが、将来の安心につながると誰もが思っています。

しかし、人間が作ったルールは、常識が通用する社会でしか守られることはありません。非常事態になれば、人間が作ったルールは国家によって、いとも簡単に踏みにじられます。戦後の預貯金封鎖がその典型的な例です。今では、預貯金封鎖を経験した人は少数派になっています。

預貯金封鎖を経験した世代の方は、心のどこかでお金をたくさん持っていても安心できないという気持ちがありそうです。作家の五木寛之さんも、預貯金封鎖を経験した世代で、著書の「こころの天気図」で「お上が国民のためにあったためしなど歴史には一度もない」と述べています。

一九四六年に「預貯金封鎖」というものがあったことを、今の世代はご存知だろうか。これは金融緊急措置令にもとづいて実施された政策で、戦後インフレ収束策のひとつであった。その気になれば政府にはなんでもできるのである。
だったらタンスに現金を隠しておこうなどと考えても、「新円切換」という手がある。古い紙幣を封鎖して、新円との交換に制限をくわえればヘソクリも無意味である。
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消費の拡大が景気を良くすると、よく政府は言っています。しかし、国民はなかなかお金を消費に回しません。だから、その状況が長く続き消費が縮小し続ければ、やがて、政府は現在の紙幣や硬貨に期限を設定するかもしれません。期限までに使わなかったお金は、紙切れや鉄くずになると脅せば、国民がお金を使いまくって消費が拡大するでしょう。

過剰な注意喚起は責任回避のためか

貨幣に期限が設けられると、国民は期限までに使い切れなかった場合の保障を求めるはずです。しかし、国家は、期限切れになった貨幣に対して保障をしたくないので、期限をある程度長く設定し、その間に何度もしつこく期限切れになった貨幣は使用できなくなると言い続けるでしょう。そうすれば、貨幣が期限切れになって損した国民に「何度も告知していたんだから、期限切れになったのはあなたの責任です」と言い返せます。

貨幣の期限切れという事態は、そうそう起こるものではありません。しかし、日本では、様々な場面で注意喚起されることがよくあります。駅のホームでは電車が通過するたびに線路から離れるようにアナウンスされますし、エスカレーターには衣服が機械に巻き込まれないようにと注意書きがあったりします。

これははたして優しさだろうか?それとも、人びとの安全を気づかう配慮だろうか?
ひょっとすると、事故が起きたときに十分な配慮をしていなかったと批判されることへの、責任回避の手段ではないかと、つい思ってしまうのだ。
こんな国は世界中どこにもないような気がする。外国では自動車のラリー競技でも、観衆はカーブの最も危険な場所に平気で陣どって歓声をあげている。自己責任とは、そういう社会に通用する思想ではないのか。
この国に自己責任という言葉がなじむはずはない、と、どうしても感じてしまうのである。
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事前に注意喚起しておけば、不都合が生じても、それは仕方のないこと。

町中の注意喚起のアナウンスは、そのように聞こえてきます。そして、注意喚起のアナウンスに接する機会が多くなると、国家が事前に注意喚起しておけば国民にとって不利益になることも許されてしまうように思えてきます。

とは言え、非常事態になった時は、事前のアナウンスなしに何でもできるのが国家です。憲法で人権が尊重されていると主張したところで、非常事態では国家が耳を貸すことはないでしょう。

こころの天気図 (講談社文庫)

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