ウェブ1丁目図書館

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資本主義の経験なくして社会主義は誕生しない

現代の国際経済は資本主義が先導しています。かつて、大きな資本主義国と並ぶソ連や中国といった社会主義国がありましたが、いずれも資本主義国に移行しつつあります。いや、表面上は社会主義と言っていても、実質的にはすでに資本主義に移行しきっているように見えます。

社会主義国の経済の行きづまりから、多くの人が社会主義よりも資本主義の方が優れた経済システムだと思っているでしょう。しかし、実際には、人類史上、社会主義と呼ばれる社会を過去に誰も経験していないので、資本主義が本当に社会主義よりも優れた経済システムかを現時点では評価できません。

貧困は個別的でも偶然的でもない

社会主義の提唱者として、すぐに頭に思い浮かぶのはカール・マルクスです。

マルクスは、資本主義の問題点を指摘して社会主義の方が優れた経済システムだと主張しました。しかし、社会主義を標榜していた国々が資本主義社会に移行していくのを見ると、社会主義は資本主義よりも人々を貧困に追い込みやすい社会だと感じるでしょう。そして、マルクスの理想は社会主義では実現できないと思うに違いありません。

東京大学名誉教授であった経済学者の宇沢弘文さんの著書「経済学の考え方」では、マルクス社会主義についての考え方が簡単にまとめられています。

マルクスは、貧困問題を個別的、偶然的な問題とは捉えていませんでした。貧困は、生産と交換に関する制度的条件によって規定される階級相互間に存在する対立や矛盾から起こると考えたのです。つまり、社会構造の不備が貧困の原因だと捉えたのです。

マルクスの考え方の根底には、歴史上の各時点で、それぞれの社会の経済的構造を基礎として、政治的、法律的、文化的な上部構造が規定されるという唯物史観があった。そして、資本主義的生産方法を一つの歴史的な過程としてとらえ、資本主義経済における経済循環の運動法則を解明し、剰余価値の概念にもとづいて分配問題にかんする分析を展開した。資本家階級が、労働者の生産したもののうち、商品としての労働力に対する市場の評価、すなわち賃金を超えた価値を剰余価値として獲得することによって、資本主義経済における生産と再生産のプロセスが規定されてゆくということを明らかにしたのであった。
(40ページ)

マルクスは、資本の目的を蓄積だとし、利潤の最大化が資本の本性と捉えていました。そして、利潤最大化に最も効果的なのが、労働者からの搾取と考えたのです。資本主義社会では、この労働者からの搾取が当たり前の社会構造となっているので、貧困が発生するのは当たり前。だから、個人の努力では貧困から脱出できず、世の中を資本主義から社会主義に変えなければならないと主張したのです。

生産手段の社会的管理

資本主義では、どうしても労働者からの搾取が発生するので、搾取が起こらない社会を築かなければなりません。

そのためには、生産手段を社会的に管理し、効率的な資源配分を行うとともに公正な所得分配を可能とする仕組みが必要です。それを可能とするのが社会主義です。

社会主義を支持する人たちの間では、社会主義であれば、人間による人間の搾取、貧困、不平等、商業主義的文化など資本主義に内在する様々な諸問題を解決でき、自由かつ人間的な生き方が可能になるはずだと考えられていました。しかし、現実には社会主義を標榜する国々は、そのような理想的な国ではありませんでした。

そもそも、生産手段を社会的所有制にしたとしても、生産手段をどのように使い、何をどれだけ生産し、得られた果実をどのように分配するかを社会的に決定することが可能なのかという問題が発生します。

この問題を解決するためには、すべての国民が優れた人格を持たなければなりません。個人は社会をより良い方向へ向かわせるため、自己利益の追求を放棄し、常に人格的完成度を高めていくための努力をする必要があります。しかし、宇沢さんは、このような社会主義的人格像は、自由で創造的で多様的でありすぐれた文化的資質をもつことであり、経済計画を前提とする画一的、消極的、単線的な文化を持つ人間像と矛盾すると指摘しています。すなわち、社会主義の運営にはより高度な人間らしさが求められるのに、計画経済が前提としているのはすべての国民がロボットのように画一的であるということであり、両者は相反しているのです。

また、宇沢さんは、社会主義の官僚も、資本主義のそれと同じように、自らの権限を最大限に行使して、自らの利益を追求するという本来的な性格をもっていることを指摘しています。社会主義だからと言っても、すべての国民が理想的な人間像を具えられるわけではありません。

資本主義の矛盾を克服する

さて、冒頭で、これまでにソ連や中国のような社会主義を標榜する国々が出現しましたが、真の社会主義国が誕生したことはないと述べました。

マルクスは、「資本主義的生産方法を一つの歴史的な過程」として捉えています。そして、資本主義がもつ内在的な欠陥を克服して公正な所得分配が行われる社会が到来するとしています。その社会こそが貧困問題を解決できる社会主義なのです。

では、これまでのソ連や中国は、資本主義を経験していたでしょうか?

これらの国々は、封建制社会の崩壊の後、資本主義を経験せず社会主義を目指そうとしました。マルクスの言う社会主義が資本主義の経験後に訪れるのだとしたら、これまでのソ連や中国は真の社会主義国ではありません。封建制社会から資本主義社会への移行期間が、他の国々と比較して非常に長かっただけだと言えます。


社会主義が資本主義の矛盾を克服した後に訪れるのなら、現在の資本主義諸国では、少しずつ資本主義の矛盾を解消しつつあるのかもしれません。マルクスは生産手段の社会的管理を社会主義の特徴としていますが、彼の貧困問題の解消という視点を強調するのであれば、どのように生産手段の管理を行うかよりも、どのように利潤の再分配を行うべきかに焦点を当てるべきでしょう。

現在の日本には、国民皆保険制度があります。誰でも、安い治療費を支払えば病気や怪我を治せます。この仕組みは、国民全員が少しずつ費用を出し合って病気や怪我で悩んでいる人を助ける制度ですから、社会主義的側面を有しています。

また、すべての国民に一律にお金を支給するベーシックインカムという制度を採用している国もありますが、これも社会主義的な制度と言えます。

国民皆保険ベーシックインカムも、資本主義国で採用されている制度です。社会主義を標榜している国々で発展しそうな制度に思えますが、資本主義だからこそ生まれたのでしょう。誰もが、資本主義は敗者を生み出すことを理解しています。だから、敗者に手を差し伸べるためのセーフティネットの重要性を感じるのです。弱者救済もしかり。

そして、セーフティネットを支えるためには、多くのお金を稼いで多くの税金を納めてくれる存在が必要です。しかし、高額所得者ほど多くの税金を納めろと主張し適用する税率を高くし過ぎれば、彼らは国外に逃げてしまいます。

そうすると、国内は低額所得者だらけとなり、セーフティネットの維持が困難になります。国民の医療費の負担割合も多くなるし、受給できる年金額も少なくなるでしょう。

セーフティネットの充実と維持は、商売が上手な高額所得者に頼る方がうまくいくはずです。そして、セーフティネットが、これまでよりますます充実した社会になれば、資本主義の矛盾を克服でき、いつのまにか社会主義になっているはずです。

社会主義は、ある時、革命のようなことが起きて資本主義社会が崩壊して誕生するものではないのかもしれません。

経済学の考え方 (岩波新書)

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