ウェブ1丁目図書館

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発明は必要の母。商業的価値が見出されて初めて発明品は普及する。

必要は発明の母。

この言葉は、発明は何らかの必要性があって起こることといった意味で使われますよね。言い方を変えれば、必要に迫られないかぎり発明は起こらないとも言えます。

必要は発明の母で説明できる事例には、第2次世界大戦の時にアメリカで発明された原子爆弾、18世紀末にイーライ・ウィットニーが発明した綿織り機、ジェイムス・ワットが炭坑内の湧水問題を解決すべく発明した蒸気機関などがあります。

しかし、上の例のように必要に迫られて発明されることよりも、実は発明されて後に用途が定まることの方が多いのです。

蓄音機は音楽の録音のために発明されたのではない

ジャレド・ダイアモンドの著書「銃・病原菌・鉄」の下巻に「発明は必要の母」という言葉が出てきます。

これは、必要に駆られて発明されるのではなく、発明された後に用途が見つかるということです。

例えば、トーマス・エジソンが発明した蓄音機。

彼は、1877年にそれを完成させましたが、その時、遺書の録音、盲人用の朗読の録音、時報のメッセージの録音、英語のつづりの録音教材など10通りの使い道を列挙しました。しかし、エジソンは音楽の録音には重きを置いていませんでした。

エジソンは、蓄音機の発明から数年を経た頃、自分の助手に向かって、蓄音機には商業的価値がないと告げたことさえある。ところが彼は、数年後に考えを変え、蓄音機を口述用録音再生装置として売りはじめた。しかし、蓄音機をジュークボックスに作り変えて販売するものが登場すると、自分の発明の品位をけがすものだと反対している。エジソンが、蓄音機の主要な用途は、音楽の録音再生にあることをしぶしぶ認めたのは、発明から約二0年たってからのことだった。
(63ページ)

あの発明王エジソンでさえ、自分の発明品の用途を自身で見つけることができなかったんですね。これは、つまり、蓄音機を必要だから発明したのではないということです。もちろん、遺書の録音用などに使用する目的で発明したのでしょうが、蓄音機が持つ音楽の録音という多くの需要を満たす機能に彼は気づいていなかったのです。

自動車が馬にとって代わるのに50年かかった

1866年にニコラウス・オットーが発明した内燃機関は、自動車の発明に大きな影響を与えています。

しかし、内燃機関ができてすぐに自動車が馬に代わる輸送手段にはなりませんでした。なぜなら、オットーが発明した内燃機関はとても重たく、しかも高さが7フィート(約2.1メートル)もあったからです。これでは、馬から内燃機関を積んだ自動車に鞍替えしようという人が出てくるはずがありません。

1885年にゴットリープ・ダイムラーがオートバイを製造します。彼は1896年にトラックも造ったのですが、1905年になっても自動車は高価なだけで信頼性に欠ける乗り物として、富裕層のおもちゃ程度の評価しか受けていませんでした。

多くの庶民にとっては、自動車よりも馬や汽車の方が便利で、それに満足していたのです。

自動車が大衆に受け入れられる転機となったのは第1次世界大戦でした。

第一次世界大戦でトラックが必要と判断したアメリカ陸軍が、トラック生産者といっしょになって一大キャンペーンを展開し、その結果、トラックの必要性が大衆に支持されるようになり、馬や荷車にとってかわったのである。それでも、アメリカでは大都市で、馬や荷車が完全にトラックに切り替わるまでには五0年という歳月を要している。
(64ページ)

自動車のように長い年月がかかっても、社会に受け入れられる発明はいい方です。試作品が役に立たなければ、そこで開発が打ち切られることが多く、実際に商業生産にまで行き着く発明品と比較すると、その数は膨大です。

発明品は累積的に進歩する

私たちが、「必要は発明の母」という言葉を当たり前のことのように思い込んでいるのは、ワットやエジソンのような非凡な天才の役割が誇張され過ぎているからだと、ジャレド・ダイアモンドは主張しています。

確かに彼らの功績は大きいです。

しかし、ワットが発明した蒸気機関はすでに57年前にニューカメンがその前身となるものを発明しており、その前にはトーマス・セイヴァリーが特許を得ていました。セイヴァリーの前にはドニ・パパンがいましたし、パパンの前にはクリスティアーン・ホイヘンスをはじめとする先駆者がいたのです。

それなのに蒸気機関を発明したのはワットだと広く知られているのは以下の理由があるからです。

功績が認められている有名な発明家とは、必要な技術を社会がちょうど受け容れられるようになったときに、既存の技術を改良して提供できた人であり、有能な先駆者と有能な後継者に恵まれた人なのである。
(67ページ)

エジソンもワットもライト兄弟も、先駆者の残したものを大幅に改良して商業化に成功したから、後世に名を残すことができたのです。そして、社会に彼らの発明品を受容する下地があったからこそ、爆発的に普及したんですね。

技術は、非凡な天才がいたおかげで突如出現するものではなく、累積的に進歩し完成するものである。また、技術は、必要に応じて発明されるものではなく、発明されたあとに用途が見出されることが多い。
(68ページ)

発明品が受容される4要件

ジャレド・ダイアモンドは、発明品が社会に受容される要件として以下の4つを挙げています。

  1. 既存技術と比較しての経済性
  2. 社会的ステータスの重視
  3. 既存品との互換性
  4. 新技術を受容するメリットの見分けのつきやすさ

どんなに画期的な発明であっても、既存の技術と比較して費用が掛かりすぎるのであれば受容されにくいでしょう。また、社会的ステータスが重要視されることも必要です。日本人がひらがなやカタカナだけを使わず書くのが大変な漢字を優先して使うのも、漢字が社会的ステータスが高いからだとジャレド・ダイアモンドは述べています。

3つ目の要件である既存品との互換性も新技術が社会に受け入れられるために大切です。今まで使っていたものを捨てて新しいものを使うよりも、今使っているものとの互換性があった方が受容されやすいのは容易に想像できます。

そして、どんなに画期的な発明であっても、それを使うことにどのようなメリットがあるのかを簡単に理解できなければ、なかなか社会に浸透しないでしょう。例えば、公衆電話の設置場所に行かないと利用できないポケットベルよりも、どこからでも電子メールの送受信ができる携帯電話の方が便利であることはすぐに理解できます。


発明品が社会に受け入れられるのは、上記4つの要件が満たされた時です。

これは、すなわち、ある発明品に商業的価値が見出された時に初めて社会に普及し始めるということではないでしょうか?

商業的価値がわかる前にできた発明品が、すぐに社会に普及することは稀です。発明されてから累積的に進歩し続け、それを受け入れる下地が社会にできた時、多くの発明品が普及します。

それは、まさに「発明は必要の母」ということなのです。