ウェブ1丁目図書館

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社会が価値観を押し付けるから人間はどういう生き方をすべきか悩む

価値観。それは、きっと誰もが心に持っているものでしょう。

自分自身で考えに考え抜いて「こうあるべきだ」と見出した価値観もあれば、周りの人たちと調和を図るためにいつの間にか身につけた価値観もあると思います。そして、多くの人が価値観を持つことは大事だと思っているはずです。

しかし、人間は生きていくために本当に価値観を持つ必要があるのでしょうか?

価値観は比較から生み出される

人間の価値を決めるものは一体なんなのか。

この世になかったものを発明した人、前人未到の記録を達成した人、大統領や総理大臣など、みんな偉大な人々です。そして、誰もがそういった人々に対して世の中に多くの価値を生み出したと称賛し、社会に多くの価値を生み出す人生こそが素晴らしいのだと言います。

確かに発明家も大企業の経営者も、多くの価値を生み出し立派な人生を送っています。しかし、そのような人生を歩めなかった人々は、大した価値がないのでしょうか?

作家の五木寛之さんは、著書の「生きるヒント5」で、こう述べています。

どのように生きているかということ、つまり人間の価値について、ぼくはこんなふうに考えています。人間は充実した人生を送り、世のため人のためにつくし、そして輝く星のように生きる―これは望ましいことなのでしょうが、現実にはなかなかそんな人は多くはありません。むしろピラミッドの真ん中から下に生きる人たちのほうが多いんですね。しかし、平凡に生きる人も、失敗を重ねて生きる人も、世間の偏見につつまれて生きる人も、<生きている>というところにまず人としての価値があり、それ以上のこと、どのように生きたかということは二番目、三番目に考えていいことじゃないか。ぼくは本当にそう思うのです。
(166ページ)

人は、価値があるかないかを決める時、無意識のうちに何かと何かを比較しています。

今の自分の仕事と同世代のプロアスリートを比較してみたり、自分の収入と若き優秀な実業家の収入を比較してみたり。そうやっているうちに自分は他の人よりも、大した価値を生みだせていないと嘆き、やがて自分は価値のない人間だと思い込むのかもしれません。

こうやって考えてみると、人がそれぞれ持つ価値観とは何かとの比較で成り立っているものであり、絶対的なものではないのだと気付かされます。

生きているだけで価値がある

また、五木さんはこのようにも述べています。

私たちは<生きている>というだけでも価値のある存在である、と思いたい。生きているということは尊いことであり、そして自然と融和する得難いことであり、たくさんのものに支えられて奇跡的に生きていることでもある。こういうふうに考えて、自分の生きるということをあんまり堅苦しく、こうでなければいけない、ああでなければいけない、というふうに考えないようにしよう。ぼくは最近そんなふに思っているのです。
(167ページ)

価値観が絶対的なものでないのですから、どのような生き方をしようが優劣を決めることはできないでしょう。しかし、それをしたがる人は世の中にたくさんいます。

他人にいろいろと比較されて傷ついた経験を持つ人は少なくないはずです。そして、そういう人たちは自分でこうあるべきだという価値観を作り出し強く生きようとするのではないでしょうか?

しかし、強く生きようと思えば思うほど心身は疲れます。毎年3万人もの人が自殺をしますが、彼ら彼女たちは、強く生きようとした結果心身の疲労に耐え切れなくなってしまったのでしょう。価値観を持って強く生きることは、とても疲れることであり、それは死よりも苦痛に感じるのかもしれません。

小さなことに喜びを感じる

価値観を持って強く生きようとするから人は疲れます。

しかし、その疲れを癒すのは小さな喜びだったりします。スポーツで大記録を達成した人は、その瞬間、大きな喜びを感じるに違いありません。その喜びを再び味わおうとすれば、さらなる記録更新が必要になります。だから、今まで以上に心身を鍛えなければならないでしょう。

でも、そのようなインフレ的な喜びの追求は、いつしか行き詰ります。そして、目標を達成できなかった時、大いに失望するはずです。相手がいるスポーツであれば、自分は、自分に勝った相手よりも価値のない人間だと思うこともあるでしょう。そういったことが何度か続くと、自分そのものに価値がないと決めつけてしまうこともあるかもしれません。

価値を追い求めていると、時として周囲が見えなくなるものです。しかし、価値を追い求めている時にこそ、ちょっと周囲に気を配って見ると思いもよらない発見があり、そこにちょっとした喜びを見いだせることだってあるはずです。

日常の小さなこと―西の空に沈んでいく夕日、あるいは冬の風に吹かれて揺れている枯木の枝、水たまりに映ったレンブラントの絵のような風景、夜中に遠くからきこえてくるアコーディオンの月並みなメロディー、あるいは、雪の下からちょっと萌えはじめた若草の芽、そういうものごとを全部ひっくるめて、私たちはその一つ一つを砂の中に張りめぐらされた根からエネルギーを吸収していくように吸収しながら、この自分のいのちを支えているのではないか。
(175ページ)

自分はどうあるべきか、どう生きるべきか、そうやって自分を縛ること、価値観を持って生きることは、視界を狭める生き方なのでしょう。

価値観を持つことは大切なのかもしれません。しかし、価値観に押しつぶされてしまう人はきっと多いはずです。目標を達成したら次の目標を設定してそれを乗り越えていく、そんな生き方に人は憧れますが、最後は必ず乗り越えられない壁が出てくるものです。

その時、自分は価値のない人間だと思いたくなるでしょう。そんな時、道路の脇にちょっと目をやると、そこには背の低いスイセンの花が咲いていたりするものです。

スイセンの花を見て、ほっと心が和む。

そんなちょっとした喜びを感じられる瞬間があるから、人は生きていけるのではないでしょうか?

新版生きるヒント5 (スマートBOOK)

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