ウェブ1丁目図書館

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出家した荒木村重と戦国の世に殉じた妻だし

遠藤周作さんの小説「反逆」は、荒木村重という小豪族を主人公にした作品です。

上と下の2巻からなるこの作品のうち、上巻では荒木村重が織田信長に反旗を翻し有岡城に籠城するところまでが収録されています。

そして、下巻では、前半部分で有岡城荒木村重のその後が描かれています。

帰ってこなかった荒木村重

有岡城を抜け出した荒木村重は、生まれたばかりの鶴千代とともに毛利に援軍を要請するためにひとまず尼崎城に入ります。

しかし、その後、すぐに織田軍が有岡城を攻撃したため、村重は、尼崎城を出発することができなくなりました。この時、有岡城を攻撃したのは、皮肉にも村重の従兄弟の中川清秀と、村重とともに一時は織田信長に弓を弾くことを決心した高山右近でした。昨日の見方が今日の敵になるのは、戦国の世では当たり前のこと。

中川清秀高山右近も、必死に生き延びるために下した決断であり、行動でした。


必死に生き延びるという点では、荒木村重も同じ。

織田軍の有岡城攻撃が始まる前に主だった家臣たちは、城を抜け出し、主人の村重がいる尼崎城へ向かいました。そして、荒木家再興のために村重たちは、尼崎城を脱出して毛利領内の備中尾道へとのがれました。

女子供も情け容赦なく処刑する織田信長

有岡城には、家臣の妻などの女性たちが取り残されました。

当然、織田軍と抗戦することもできず城は落ち、女性たちは捕えられます。その中には、荒木村重の妻「だし」の姿もありました。


信長に反逆した者がどうなるのか?

それは、過去の例から誰もがわかっていること。女子供も容赦なく命を奪うのが信長のやり方。それは、荒木一族に対しても同じでした。織田軍に捕えられた荒木一族は、そのほとんどが非戦闘員。しかし、信長は容赦なく、全員を京都の六条河原で処刑するように命じました。

子どもたちは母親のもとにつれていき、親子ともども杭に縛り付けられ、銃声とともに彼女たちの泣き叫ぶ声が河原に響き渡ります。

刑場では銃声があちこちで間隔をおいて鳴ると、ひとつの場所で呻き声、子供の泣く声があがる。悲鳴がするのは槍でさされた女たちである。
はじめは見物人たちは顔を丸くしてこの光景を見ていたが、そのむごたらしさに目をそむけ、顔を覆ってしゃがみこみ、なかには松の根に吐く者さえ出た。
絶命した母にしがみつく子供を、次々と足軽が槍や刀で殺していく。
「畜生」
一人の愛くるしい子供の首が胴体から離れた時、あまりの憐れさに見物人の一人が思わず怒りの声をあげた。(32ページ)

妻だしの潔い最期

処刑されたのは、荒木村重の家臣の家族だけではありませんでした。荒木一族の女子供も同様に処刑されていきます。

荒木一族の中で最初に処刑されたのは、村重の妻の「だし」でした。彼女は、自ら刑場へと進み姿勢を正して正座します。

しっかりと乱れずに死ぬこと。それが戦国の世に生まれた女として信長に対抗するただひとつの姿勢である。
敷皮に坐ると、だしは襟をひろげ、首をさしのべた。抜刀した侍はその凛然たる態度に
「では介錯申し上げる」
と礼儀ただしく挨拶をした。(41ページ)

その後、荒木村重は出家し、「道におちたる犬の糞」という意味で、道糞と名を変えました。

誘導されて反逆した明智光秀

物語は、この後も本能寺の変山崎の戦い賤ヶ岳の戦いと続きます。

その中でも、興味深いのが、明智光秀織田信長に背くまでの展開です。


本能寺の変は、明智光秀の信長に対する恨みが爆発するような形で起こった事件として描かれることが多いのですが、「反逆」では、少し違っています。

信長に対する恨みとともに羽柴秀吉が信長に重用されることに対する嫉妬心。このような光秀の複雑な感情を利用して、彼が謀反を起こす方へと操り、そして、羽柴秀吉に討ち取られるように仕向ける者が現れます。

それを画策する者は、織田信長明智光秀に恨みを抱いていました。そして、両者がこの世を去り、恨みを晴らすことができたのですが、そこには、満足感はありませんでした。

「信長と光秀とを倒すまでは、そのことばかり心を占めていたが、それが終わった今、なぜか、むしゅうてならぬ」(247ページ)

籠城戦の疑問

「反逆」の巻末の解説を読んでいると、「確かにそれは不思議だ」と思うことが書かれています。

それは、籠城戦の時のトイレです。

屎尿の処理はどうしたんやろ」
遠藤先生は、戦国の籠城戦を考えるとき、そのことが気になって仕方がないという。(357ページ)

確かに気になります。

数千人が、数ヶ月間、ひとつの城にたてこもっていたら、トイレの問題が必ず出てくるはずです。当時は、水洗ではなかったのですから、汚物の処理に困ったと思うんですよね。でも、史料からは、どのように屎尿を処理していたのかということは、記述されておらず、戦いの経過や英雄の奮戦ぶりばかりが記述されています。


汚いことなので、あえて記録として残さなかったのか、それとも、当時としては、そんなことは誰もが知っている常識的なことだったから記述を省略しているのか、理由はわかりませんが、籠城戦のトイレに関する記述はないようです。

考え出したら、気になって気になってどうしようもなくなるので、深く考えないことにしましょう。


また、「反逆」の展開が他の時代小説と少し違っているのは、昭和62年に出版された「武功夜話」という史料をもとにしているからです。反逆は、昭和63年に連載が始まったので、武功夜話は当時としては新史料です。その新史料がもとになっているので、反逆を初めて読んだ時は、物語の展開がとても新鮮に感じました。

遠藤周作さんの「反逆」は、通説に従った織田信長明智光秀豊臣秀吉を扱った時代小説とは違った味わいを楽しみたい方におすすめです。

反逆(下) (講談社文庫)

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