ウェブ1丁目図書館

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魚介類の究極の保存法である発酵は味と栄養もパワーアップさせる

日本には多くの発酵食品があります。世界に目を向けるとさらに多くの発酵食品があります。

納豆、味噌、日本酒、チーズ、ヨーグルト、パン、漬物など、ちょっと考えただけでも、すぐにこれくらいは頭に浮かびますね。ここに挙げた発酵食品は、どれも陸上の動物や植物から作られたものです。とてもなじみのあるものばかりですが、実は、発行食品の種類でいうと、陸上の動物よりも魚介類の方が圧倒的に多いということをご存知でしょうか?

陸上の動物だと、牛、豚、鶏の3種類が主で、羊を入れても4種類です。ところが水産物は、その種類だけでも100以上あるため、発酵食品になる数は、陸上の動物よりもはるかに多いのです。それなのにすぐに思い浮かぶ発酵食品が、陸上の動植物ばかりで水産物ではないというのは、日本の伝統文化が失われてきているからではないでしょうか?農学博士の藤井建夫さんは、「発酵食品の魔法の力」の中で発酵の伝統技術が失われてきていると述べています。

魚介類を発酵させる目的

ところで、魚介類を発酵させる目的はなんだかご存知ですか?

多くの方は、味を良くするためと答えると思いますが、実は、その主目的は水産物の保存のためなのです。

水産物は、漁獲量が天候に左右されやすい食品です。昨日は大漁だったとしても、今日はスズメの涙程度の漁獲量しかないなんてことはよくあります。だから、魚介類というのは、毎日これくらいは捕まえることができるという計算が立たないんですね。

どんなに大漁だったとしても、食べ残してしまえば、日を追うごとに劣化していき、すぐに食べられなくなります。かと言って、日々の漁獲量に大きな差があるため、毎日必要量だけを獲ればいいと思っても、予定より漁獲量が少ないこともあります。だから、傷みやすい水産物をどうやって長期保存するかといったことを考えなければならなかったんですね。

魚介類の劣化には大きく2種類あります。

一つは、魚介類自身が持つ自己消化酵素による劣化で、刺身の鮮度にかかわっています。もう一つは、細菌の作用による劣化、つまり、食べられるかどうかに関わる腐敗です。

魚介類の長期保存のために重要となるのは後者による劣化を抑えることです。そして、腐敗を防ぐ方法には二つの方法があります。

ひとつは、魚介類に付着している微生物を殺し、さらにそのあとも密封するなどして外部からの微生物の汚染を防ぐやり方です。こうしてできた食品が缶詰やレトルト食品です。
もうひとつは、微生物がついていても構わないが増やさない、という方法です。たとえば水分を減らす、塩を加えてやる、酢漬けにしてPHを下げる、あるいは冷蔵するなどです。こうしてできたのが干物であり、塩漬けや酢漬けなどです。(117ページ)

缶詰、レトルト食品、干物、塩漬け、酢漬け、これら水産物を加工した食品は、すべて保存が目的だったんですね。缶詰やレトルト食品は現代では当たり前の保存方法となっていますが、それらがなかった時には、干物にしたり塩漬けにしたりといった方法が採られていたわけですが、水産物の究極の保存法は、何と言っても発酵です。

塩辛に見る発酵パワー

発酵食品と一口に言っても、その製造法には3つの種類があります。

  1. 腐りやすい原料を塩蔵して、独特の風味をもたせるようにした発酵食品
  2. 発酵材料として米飯や糠を使い、塩蔵した魚介類を漬け込んだ発酵食品
  3. カビなどの微生物を利用した発酵食品

「1」は、くさや、塩辛が代表的な発酵食品です。「2」は、ナレズシ、糠漬けがその代表です。「3」は、鰹節ですね。

上記3つの発酵食品で、僕が最も興味を持ったのが、「1」です。塩辛なんかは、多くの人が食べたことがあるなじみのある発酵食品ではないでしょうか?

「1」の方法では、細菌の他に自己消化酵素の作用も利用します。

発酵食品というと、細菌の力を借りて味を良くするといった印象が強いのですが、藤井さんいわく、塩辛の場合は、細菌の酵素とともにイカの筋肉や内臓の分解酵素が発酵に関与している可能性があるそうです。

イカをそのまま食べるよりも、発酵させて塩辛にした方が、うまみ成分のアミノ酸の度合いが全然違ってきます。特にアミノ酸の中でも味の素に使われているグルタミン酸の濃度は、なんと10倍に増えるそうです。ここで気になるのが、細菌と分解酵素のどちらが、より多くのアミノ酸の生成に関わっているのかということです。

抗生物質で細菌がいない環境をつくりだしても、ふつうの(細菌がいる)場合と同じ塩辛ができあがることがわかりました。ということは、ほとんどイカの筋肉や内臓の分解酵素で、タンパク質の分解、アミノ酸の生成を行っていることになります。細菌は何をやっているかというと、アンモニアや酢酸といった匂いの成分、あるいは乳酸といったものを生成しているのです。(126ページ)

分解酵素が、塩辛の旨みの主要因なんですね。それなら、細菌を使って発酵させる必要はありませんよね?ただ臭くなるだけなんですから。

これは、前掲書には載っていない内容なので、私の仮説なのですが、細菌を使って発酵させた場合に出る乳酸が、食中毒の原因菌である黄色ブドウ球菌の増殖を食い止めているのではないでしょうか?黄色ブドウ球菌は、酸性の環境では増殖することができません。もしも、細菌を使わずに塩辛を作るとなると、黄色ブドウ球菌が繁殖しやすい環境となってしまいます。

藤井さんによると、そもそも塩辛というのは、黄色ブドウ球菌が繁殖しやすい環境にあるそうです。それにも関わらず、塩辛を食べても食中毒にならないのは、イカの肝臓の成分やトリチルアミンオキシド、高濃度の食塩が彼らの増殖を抑えているからとのこと。ということは、細菌で発酵させなくても、食中毒にはならないんですね。

うまみ成分を引き出し、食中毒まで防いでくれ、しかも長期保存ができるなんて、発酵が持つパワーには驚きです。

消えゆく発酵食品

長期保存ができ、おいしく、しかも栄養も豊富な発酵食品ですが、現在少しずつ減りつつあるようです。

その理由のひとつは、核家族化の進行です。昔は、日常の各家の食事というのは、親から子、子から孫へと継承されていたのですが、核家族化したことで、その継承が断たれてしまっているのです。外食や出来合いの総菜への依存度が高まっていることも伝統の味が失われつつある理由だと、藤井さんは指摘しています。

さらに伝統技術を持った職人が高齢化し、その後継者がいなくなっていることも発酵食品が消えている原因です。フナズシに使うニゴロブナなど、発酵食品の原料が減っていることも挙げることができますね。

こういった理由は、何となく想像できるのですが、藤井さんは、他に儲け主義が優先されていることも、問題だと主張しています。

少々品質を落としても大量生産で安く製造した方が儲かるという発想だと、それを食べた消費者は、味の悪さにがっかりします。そうすると、以後、発酵食品を買おうとしなくなりますよね。また、発酵の手間を省くために添加物を使って味付けすることもあるそうです。

本来、塩辛の塩分濃度は10%以上あるのですが、こういった製造法で作られた塩辛は3~7%しかありません。

塩が少ない方が健康に良いではないかと思うでしょうが、塩分濃度を減らしたせいで考えられないことが起こったのです。なんと、2007年にイカの塩辛を食べて食中毒になった人が出たのです。先ほども述べましたが、塩辛は、食中毒菌が増殖できない環境になっています。その理由は塩分濃度が高かったからなのですが、現在、市販されている塩辛の塩分濃度の低さのせいで、腸炎ビブリオが増殖してしまったようです。


長い年月をかけて築き上げてきた発酵の技術を現代人は捨て始めています。細菌たちが、人間にとって都合の良い生き物であるにもかかわらず、この頃は、彼らを敵視する風潮が強いですね。人間も含めて動物は、細菌と共生関係にあるのですから、もっと彼らに親近感を持った方がいいと思うのですが。