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ウェブ1丁目図書館

読書で得ること感じること。ここはウェブ1丁目にある小さな図書館です。本の魅力をブログ形式でお伝えしています。

経済が自由競争下にあるから最良の製品・サービスが生まれ適正価格に調整される

自由競争。

この言葉を誰かが口にすると、強い者が弱い者から富を搾取し、富める者と貧しい者との格差が拡大すると主張する人が出てきます。それは果たして本当なのでしょうか?

では、国家が競争を制限し保護主義計画経済を推進していけば、弱肉強食や格差の拡大が解消されるかというと、ソ連を代表する共産主義国の崩壊を見れば、そのようなことはないことがわかります。

自由貿易保護主義

自由競争の是非を考える際には、経済学の基本に戻って、アダム・スミス国富論の考え方を見直すのが良いでしょう。

とは言っても、原文にあたるのは面倒だし時間もかかるので、短時間で再考するなら経済学の入門書を開くのが一番です。アダム・スミス国富論の概要は、どの経済学の入門書でも紹介されているので、何を読んでも構いませんが、伊藤元重さんの「はじめての経済学[上]」が、とてもわかりやすいですね。


アダム・スミスは18世紀の経済学者です。彼が自由競争を主張したのは、当時の先進国が行っていた重商主義が愚かなことだと考えていたからです。

重商主義とは、輸出は金などの国の富を増やすしますが、輸入はそれを減らすことになるので、輸出の増加は好ましく、輸入の増加は好ましくないとする考え方です。重商主義は現在の保護主義に通じる考え方で、輸入を制限するために高い関税をかけるといったことを国家が選択するのが、その国の経済にとって良しとします。

しかし、アダム・スミス重商主義はおろかなことであり、自由貿易こそが国民の利益にかなうものだと主張します。個々の経済主体に自由に経済利益を求める活動をさせてあげる方が、社会の発展には良いことだと、彼は言っているのです。

利己的な利益を求めて個々の経済主体が動いたとしても、価格という調整機能によって社会全体に秩序が生まれる。しかも、個々の経済主体が自分の利益のままに動くこと自体が、経済活力の大きな源泉になると。(30ページ)

企業が、自分の好きなように価格を設定したとしても、市場メカニズムが働くので、そのようなことがいつまでも許されることはありません。やがて、価格は落ち着くべきところに落ち着き、結果的に国民にとって望ましい価格に調整されるわけですね。

貿易は比較優位の視点が重要

重商主義の考え方は、簡単に言うと、自国に入ってくるお金は多く、出ていくお金は少なくするというものです。国がこのような政策をとれば、国内のお金の量が増えるので、それに伴って国民の富も増えていくように思えます。

しかし、重商主義だと、財やサービスは自国で賄うという発想になっていきます。そうすると、海外では自国よりも低価格で、しかも、高品質の製品やサービスが提供されていたとしても、自国民はそれを手に入れることができませんし利用することもできません。

例えば、国内でボールペンが100円で売られていたとしましょう。一方、海外では50円で販売されていたとします。この場合、国民は50円のボールペンを買いたいと思うはずですが、重商主義のもとでは買うことができません。

このようなことが、果たして自国民にとって利益となるのでしょうか。


他国で半額で売られているものを自国で生産して倍の値段で売ることは、明らかに国民にとっては損失です。それなら、自国ではボールペンは造らず、電化製品でも自動車でも、得意分野に特化して生産した方が社会にとって良いことですよね。

この考え方を比較優位と言い、イギリスのデイビッド・リカードが提唱しました。

比較優位の考え方は、それぞれの国には自分の得意な産業と不得意な産業があるはずだから、限られた資源を得意な産業に集中し、不得意な産業で生み出される財やサービスについては、自国でつくるより、外国でつくられたものを輸入するほうがその国にとって利益になる。つまり、自由貿易は、各国が得意な分野に特化していくことによって、相互に経済利益をもたらすということを明らかにしたことになります。(31ページ)

国鉄の民営化はサービスの質を向上した

さて、企業が自由に競争することは、本当に国民にとって良いことなのでしょうか?

自由競争が国民に利益をもたらすかどうかは、競争がない場合と比較しなければ判断するのは難しいですね。日本では、JRという格好の見本があるので、競争がある場合とない場合でサービスがどう違っていたかを知ることができます。

JRは、昔は国鉄と呼ばれており国が保有していました。

国鉄時代のサービス水準は、現在のJRと比較すると格段に低いものでした。僕は、国鉄時代は子供だったので、ほとんど利用したことがなく、当時のサービスがどうだったのかわかりません。でも、当時を知る人の話だと、「電車に乗せてやっている」という態度が駅員からにじみ出ており、乗客への対応も無愛想だったようです。

その国鉄に対する不満をホンダの創業者の本田宗一郎さんが、著書の「俺の考え」で述べています。国鉄が大事故を起こした時のトップの対応にも憤りを感じたりしており、本のところどころで国鉄批判を展開しています。


ところが80年代に民営化されJRとなると、21世紀に入ったころには、乗客に対するサービスの質を向上させようという努力が表に現れるようになってきています。

パーサーと呼ばれる新幹線で車内販売をする売り子の方たちは、乗客に快適なサービスを提供するためにワゴンの動かし方やコーヒーの注ぎ方にも注意を払い、また、何時何分に富士山が見えるかまでチェックしていることが、「新幹線ガール」という本の中で語られています。

航空機のキャビンアテンダントに追いつけ追い越せと日々サービスの見直しをする姿を本田宗一郎さんが見れば、その評価を大きく変えたことでしょう。


企業間の競争が激しくなると、労働者の待遇が悪くなりブラック企業と騒がれることがあります。そして、自由競争は良くないと。

でも、こういった発想はあまりに近視眼的です。

労働者への待遇も自由競争の中で徐々に改善されていきますし、その問題を放置していることを市場経済が許し続けることもないでしょう。すなわち、「神の見えざる手」が働くのです。


自由競争は企業を野放しにすることではありません。

アダム・スミスは、政府の役割を治安を維持する夜警のようなもので十分だと述べています。これが「夜警国家論」です。必要なルールを決め、その中で自由に競争させることで、社会はより良くなっていきます。

国鉄の民営化は、それを日本国民に教えた良い例ですね。

はじめての経済学〈上〉 (日経文庫)

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