ウェブ1丁目図書館

読書で得ること感じること。ここはウェブ1丁目にある小さな図書館です。本の魅力をブログ形式でお伝えしています。

商業蔑視が原因で発生した倭寇

現代では多くの国が商業の重要性を認識しています。

景気を良くするためには消費の拡大が必要だという考え方も、商業の重要性を為政者が理解しているからと言えるでしょう。しかし、商業の重要性が理解されるようになったのは、人類の歴史の中では最近のことです。特に中国大陸や朝鮮半島では、商業蔑視の考え方が強くあり、それが日本との間で国際問題化することが歴史上ありました。

その一つが倭寇です。

生産を善とする思想

倭寇は、鎌倉時代から室町時代にかけて横行した日本人海賊だという認識が一般的です。ところが、日本人が海賊行為をしたのは、倭寇の中の1割から2割でしかありません。実は倭寇の8割は当時の朝鮮人と中国人が占めていたのです。

14世紀から15世紀にかけて発生した倭寇の中心は朝鮮人、16世紀に発生した倭寇の中心は中国人です。便宜的に朝鮮人主体の倭寇を前期倭寇、中国人主体の倭寇を後期倭寇と呼ぶことにします。

倭寇の発端となったのは日本人の海賊行為からなのですが、倭寇の被害が深刻化していったのは、当時の中国大陸や朝鮮半島で商業蔑視の風潮が強かったからだと考えられます。作家の井沢元彦さんは、著書「逆説の日本史9 戦国野望編」の中で、当時の朝鮮半島で差別を受けていた非定住民たちが偽の倭寇となり海賊行為を行っていたと述べています。倭寇の大部分が朝鮮人や中国人であったことは、史料からも明らかです。

当時の中国大陸や朝鮮半島で非定住民が差別を受けていたのは、農業を生業とする定住民が尊い存在だという価値観が強かったからです。もちろん、人間は食事をしなければ生きていけないので、食糧生産は重要な産業です。しかし、当時の中国大陸と朝鮮半島では、生産を善とする考え方が強すぎ、流通に関わる仕事を卑しいものだと考える風潮があったのです。

例えば、100円で仕入れたものに20円の利益を上乗せして120円で売るのが商業の基本です。しかし、仕入れた商品に利益を上乗せして売るという行為を当時の中国大陸と朝鮮半島の人々は卑しいことだと考えていました。だから、その当時、商業に関わっていた人々は差別を受けていたのです。

非定住民の反乱

では、当時の中国大陸や朝鮮半島で商業に関わっていた人はどんな人だったのでしょうか?

その答えを一言で言うと非定住民です。

非定住民は移動生活をしているので、各地でどんな物がいくらで取引されているのかを自然と知るようになります。ニンジン1本が30円で売られている地域もあれば50円で売られている地域もあるでしょう。これに気づいた非定住民は、30円でニンジンを仕入れて50円で取引されている地域に移動し、30円超50円以下で販売して利ザヤを得ることを思いつきます。現代で言う裁定取引です。

しかし、農業従事者が無の状態から生み出したニンジンをただ買ってきて売るだけで利益を得る行為は、当時の中国大陸や朝鮮半島では好ましく思われていませんでした。だから、非定住民は差別を受けることになったのです。


差別を受け続けてきた非定住民たちは、強い国家権力に虐げられてきました。ところが、国家権力が弱体化すると、差別を受けてきた非定住民たちが反乱を起こすようになります。当時の朝鮮半島には高麗という国家がありましたが、モンゴル(元)に侵略されると政権がガタガタになりました。ここから非定住民の反乱が起こり、前期倭寇が発生したのです。

高麗は元への抗戦の間、国力が疲弊し、治安も大幅に低下していた。当然、貿易どころではない。そこで貿易商人たちが、貿易が行われないことに腹を立て、国力の衰えにつけ込んで、略奪行為を行った―これがいわゆる倭寇というものの始まりのようだ。
(89ページ)

ただし、倭寇は日本人の海賊行為から始まっているので、朝鮮半島の非定住民たちが最初に行った海賊行為ではありません。彼らは、日本人の海賊行為を真似したのでしょう。

日本との貿易を拒否した明

豊臣秀吉朝鮮半島への出兵もまた、中国史においては倭寇とされています。豊臣秀吉は海賊ではないので倭寇というのはおかしいと感じるのですが、当時の中国の感覚では倭寇となるようです。

豊臣秀吉は、朝鮮半島を我が物にするために出兵したのではありません。これも歴史の事実です。秀吉は当時の中国大陸を治めていた明との貿易を求めていました。しかし、明がこれを拒否したため、怒った秀吉が明との戦争を決断したのです。

では、なぜ明が日本との貿易を拒否したのでしょうか?

それは先にも述べたように当時の中国では、商業蔑視の風潮があったからです。生産者が100円で売るものを買って、それに20円の利益を付加して120円で売る行為を悪だと考えれば、2国間で行われる貿易も商取引なので悪となります。これに中華思想が加わったため秀吉は怒り出したのです。

日本の豊臣秀吉のいわゆる「朝鮮出兵」はむしろ「明国征服計画」というべきものだが、この原因の一つに秀吉の要求した自由貿易(すなわち対等貿易)の要求を、明が拒否したことが挙げられるからだ。中国の感覚では、日本はあくまで「属国」であり、だからこそ秀吉に「汝を封じて日本国王と為す」という国書を送ってきた。
(130ページ)

現代でも、何かを作り出すことこそが正業であり、生産とは関係のないところでの利益の獲得を虚業とする風潮があります。

確かに伝票を右から左に流すだけで収益が発生する商社のような仕事、資金を貸し付けて利息を得る金融業などは、外から見ると楽して金儲けをしているように思えます。

しかし、その業務が楽なのかどうかは別として、モノが流通することで助かる人、お金を借りれて助かる人はたくさんいます。

仕事に貴賎なしと言われるように地に足つけた仕事だけが尊いのではないのです。

逆説の日本史〈9〉戦国野望編 (小学館文庫)

逆説の日本史〈9〉戦国野望編 (小学館文庫)