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ウェブ1丁目図書館

読書で得ること感じること。ここはウェブ1丁目にある小さな図書館です。本の魅力をブログ形式でお伝えしています。

怠け者のイメージが強いイタリア人だけど、実はモーレツに働く

イタリア人は、陽気なイメージがあります。そして、仕事に対する姿勢もいい加減というのか、怠け者の印象が強いです。

こういったイメージは、おそらく、メディアが作りだしたものなのでしょう。テレビをよく見る日本人は、画面に映っているイタリア人の表面だけを見て判断していることが多いように思います。

僕自身も、そう思い込んでいたひとりなのですが、工業デザイナーの奥山清行さんの著書「フェラーリと鉄瓶」を読んで、彼らに対する認識が変わりました。

社会に対する諦めの気持ちが強い

仕事はそこそこにして、人生を陽気に楽しんでいるように思えるイタリア人ですが、奥山さんによると、国民の多くがイタリア社会に対して、諦めの感情を持っているようです。

イタリアの社会は階級社会。

なので、名家の出でなければ、社会の上の方に行くことはできません。それが、彼らの諦めの理由です。そして、いつも、彼らが陽気に見えるのも、そこに理由があります。

レストランの従業員や、バール(イタリアのカフェ)のバーテンダーたちが生活を楽しんでいるように見えるのは、彼らがいくら頑張っても今以上の地位に社会が行かせてくれないということを、それまでの経験から悟っているからなんです。上に行けないのなら、与えられたレベルで生活を楽しまなければやってられない。イタリア人はそんな気持ちになって、みんなあきらめてしまっているんです。(36~37ページ)

こういった社会だから、日本人から見たら驚くことがたくさんあります。

税率が55%もあるのに福祉が全然充実していなかったり、虫垂炎で病院にいったら、3ヶ月も順番待ちになったり。そういった社会に対して、イタリア人は、個人ではどうすることもできないと諦めているんですね。

午前中は仕事がなかなか始まらない

イタリア人が怠け者というイメージにぴったりの仕事の習慣があります。

それは、始業時間になっても仕事が始まらないということです。

なぜ、すぐに仕事が始まらないのかというと、彼らは、仕事前にコーヒーを飲む習慣があるからです。コーヒーくらいデスクで飲めば、すぐに仕事をはじめられるだろうと思うでしょう。実際、私も、仕事始めは、何か飲み物をデスクのそばに置いています。以前に働いていたオフィスでは、リフレッシュルームに用意されていたコーヒーを紙コップに入れて、自分のデスクに持っていったり、缶コーヒーを買ったりしていました。たまにスターバックスで買うこともありましたね。


でも、イタリア人は、一人でコーヒーを飲みに行くのは失礼と考えます。だから、職場に同僚がやってくるまで待って、一緒にコーヒーを飲みに行くのです。そして、飲み終わって職場に戻ると、別の同僚が出勤していて、また、一緒にコーヒーを飲みに行きます。そんなことをしているから、始業時間から1時間も経って仕事を始めるんですね。

おまけにイタリアの自動販売機は、日本のように缶がゴロンと出てくるものではなく、コーヒー豆を挽いて出てくる機械なので、注ぎ終わるのに1分くらい時間がかかります。だから、自販機には、長蛇の列ができるそうです。

仕事が始まると追い込まれた日本人のように働く

始業時間から1時間も遅れて働き出すなんて、やっぱり、イタリア人はあまり仕事をしないと思うでしょう。でも、彼らの仕事内容は、締切が近づいた時の日本人のようなパワフルさで、モーレツに働くそうです。

日中は、それほど集中して働かないけど、残業に突入したら、急にやる気を出す人っていませんか?

エンジンがかかるのが、遅いというのでしょうか、これは日本人にありがちです。特に上司が遅くまで残業をするような職場だと、部下が先に帰るのをためらってしまいます。だから、上司の残業時間に合わせた仕事のペースになり、残業タイムに突入した時に集中的に働くなんてことがありますよね。


でも、イタリア人は、働きだしたら、日本人の残業タイム並みの集中力で朝から夕方まで仕事をするそうです。奥山さんの目から見ると、日本人よりもイタリア人の方が、よく働いているとのこと。

集団でアイデアを出し続ける文化

日本人は、口数が少ないことが美徳とされます。「沈黙は金」なんて言葉もあります。

でも、海外では黙っていては相手に真意が伝わらないので、積極的に言葉を発しなければならないと、よく言われますよね。また、真意が相手に伝わらないというだけでなく、黙っていては、仕事の効率が悪くなることがあります。

その理由は、黙っていてはアイデアが出にくいからです。


奥山さんは、イタリア人は、大勢が集まって意見をいう中で、誰か一人がそれを集約していくやり方が上手だと述べています。

歴史的にそうだったのか、効率的に仕事をするために誰かが考えたやり方なのかはわかりませんが、とにかくイタリア人は、言葉が多く、話す内容が大量なのだそうです。

イタリア人が、よく話をするのは、言葉をコミュニケーションの手段としてだけでなく、言葉を道具として、上手に使っているからだと奥山さんは分析しています。

たとえば自分が潜在的にしか考えていなかったことを、自分の言葉の中から探し出すというようなことを、イタリア人は日常的にやっています。あるいは人に話をさせて、その中から本人も気づいていなかったアイデアを引き抜いて一つにまとめたり。そういうことをお互いにやっているわけです。(154ページ)

頭の中に漠然としてある何かを具体化するために言葉を出す。そうすると、他の人と会話が起こり、少しずつ、アイデアがはっきりと見えてくるようになるということなのでしょう。また、相手に話をさせることで、頭の中に眠っていたアイデアを引き出すことができるのでしょうね。


このように日常的によく会話をするから、イタリア人は、集団的にアイデアを具体化していくのが、日本人よりも上手なのでしょう。

伝えることの大切さ

「沈黙は金」という意識から発生したものだと思いますが、多くの日本人には、良い物を作っていればいつかは誰かが必ず認めてくれるはずだといった固定観念があります。

しかし、品質が優れているものを作り続けているからと言っても、認めてもらえないことはあります。反対に自分よりも劣っているものしかつくれない人の方が、世間から高い評価を受けることだってあります。

その差は何なのでしょうか?

それは、伝えているかどうかです。奥山さんは、今の時代で品質のよい物と悪い物との差はほとんどないと述べています。確かにその通りで、最近では、不味い料理を提供する飲食店はほとんどありません。どのお店に行っても、合格点を出せる料理ばかりです。それなのに繁昌するお店とそうでないお店が出るのは、伝え方に問題があるからです。

職人さんたちが思い込みでいいものと考えていても、的を外れていたら売れません。いくら技術的に優れていても、その技術の使い方が間違っていたら、何にもなりません。
じつは今の時代、いいものと悪いものの差はほとんどないわけです。その差を未知の相手に伝えていかないと、ものの魅力をわかってもらうことはできません。そこまでやって、はじめてデザインの作業が完結します。(121ページ)

デザインの世界だけでなく、その他の業種にも当てはまることではないでしょうか?


これからは、ただ物を作るだけでなく、伝えていく努力も必要になってくるでしょう。

どうやって伝えていくのかを考える際、イタリア人のように集団でアイデア出しを行うことが、有効な手段となるかもしれませんね。

フェラーリと鉄瓶 (PHP文庫)

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