読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ウェブ1丁目図書館

読書で得ること感じること。ここはウェブ1丁目にある小さな図書館です。本の魅力をブログ形式でお伝えしています。

幕末に散った志士は忘れられる

世界のどこかでテロ事件が発生すると、なぜそのようなことをするのかと疑問に思うとともに日本が平和な社会だと感じます。

世界中でテロが起こっていることから、これからは日本国内でもテロが起こる危険があると警鐘を鳴らす人たちがいます。日本だけが特別安全だとは言えないのかもしれません。1995年には地下鉄サリン事件が起こってますからね。

日本国内でのテロ事件は、上記の地下鉄サリン事件くらいしか思いつかない人もいると思います。でも、幕末にはテロが日常茶飯事に行われ、常に誰かが命を狙われていました。当然、テロの被害者は命を落としたり重傷を負ったわけですが、テロの実行犯も非業の死を遂げるのが、幕末のテロにも現在のテロにも共通する部分です。

利用されるだけの存在

幕末のテロの実行犯は、誰かにただ利用されるだけの存在でした。土佐藩出身の岡田以蔵もそうでした。彼は、土佐勤皇党のボス武市半平太に利用され京都でテロを行っていました。

作家の童門冬二さんは、著書の「幕末に散った男たちの行動学」の中で、岡田以蔵梅田雲浜など幕末に非業の死を遂げた者たちについてこのように述べています。

「これが自分の使命なのだ」
というつよい責任感があった。それによって表舞台に立つ者は安心して演技がつづけられた。維新成立の陰には、こういう人目につかない”闇の螢”がたくさんいた。たくさんの見物客の前でとび交う華やかな存在ではない。
(13ページ)

明治維新の成立の陰には、岡田以蔵のようなただ利用されるだけの存在がたくさんおり、彼らが縁の下の力持ちとなっていたのです。しかし、維新後は彼らは忘れ去られ、生き残った者たちによって明治維新が実現したと思われがちです。

そして、利用された者たちは、自分が利用されるだけの存在だとは気づいていなかったのが、何とも哀れです。

被差別民たちの決起

明治維新は、支配階級である武士の天下を同じ支配階級の武士が終わらせたと言われています。しかし、実際はそうではありません。明治維新に中心的役割を果たしたのは、薩摩藩長州藩土佐藩ですが、これら3藩には厳しい身分制度があったことが共通しています。そして、明治維新の原動力となったのは、郷士や下士と呼ばれる身分の低い者たちでした。

岡田以蔵土佐藩では身分の低い郷士でした。雨の日に傘をさすことも許されず、道で上士と出会えば土下座しなければなりません。

そんな郷士たちを束ねて一大政治勢力土佐藩に作り出したのが武市半平太でした。武市半平太は、土佐藩全体を勤皇化するために政敵の吉田東洋の暗殺を思いつきます。この時、武市は岡田以蔵に暗殺をやらそうとしたのですが、他の党員が彼の身分が低いことを理由に拒んだため実行犯に選ばれませんでした。

土佐勤皇党は、被差別集団だったのにその中でさえ身分が低いことを持ち出された岡田以蔵の気持ちはどのようなものだったでしょう。きっと悔しかったに違いありません。そんな時でも、武市半平太は「以蔵、以蔵」と親しげに声をかけてくれます。当然、岡田以蔵は自分を差別しない武市半平太に心酔します。そして、以蔵は決心するのです。「武市さんのためなら何でもする」と。

忠誠をつくしたテロ

吉田東洋の暗殺に成功した土佐勤皇党の面々は、京都政界に進出します。そして、武市半平太は京都でも政敵を次々に抹殺していきました。その実行犯となったのは、彼に心酔する岡田以蔵でした。

童門さんは、高橋和巳さんが5つに分類する暗殺の哲学を紹介し、岡田以蔵は「忠臣二君につかえず、という原理の変型『士は己を知る者のために死す』という行動原理を、公の政治原理よりも優先させるテロ」だと述べています。一方の武市半平太を「国家的規模での謀略としてのテロ」に分類しています。

岡田以蔵は、武市半平太の命で、本間精一郎や島田左近などの政敵を次々に暗殺していきます。やがて、彼は「人斬り以蔵」の異名を持つようになり、京都で恐れられる存在となりました。しかし、岡田以蔵が暗殺してきたのは、浪人や弱小公卿ばかりで、絶対に報復を受けない者たちをターゲットにしていただけでした。そのような者たちを暗殺しても政治の中枢に入れません。

京都で華々しく活躍していた土佐勤皇党でしたが、幕府が権威を取り戻したことで瓦解します。武市半平太は土佐に強制送還され牢屋に入れられます。京都に残った岡田以蔵は、金が底をつき無宿者の無頼になり果てました。そして、ある日、強盗を働こうとした現場を町奉行所の役人に見つかって捕縛されてしまいます。

奉行所の取り調べで自分は土佐藩士だと言いますが、役人が土佐藩に問い合わせても藩士たちは「知らぬ存ぜぬ」と述べるだけ。結局、岡田以蔵土佐藩士と認められず、奉行所で罰を受けて釈放されます。しかし、釈放された以蔵を土佐藩士たちがすぐに連行し、土佐へと送り返しました。土佐藩は、ことが面倒になるのを嫌って奉行所に対してシラを切っていたのです。

武市半平太の裏切り

土佐に岡田以蔵が戻ってきたことを知った武市半平太は、身の危険を感じます。

土佐勤皇党の党員たちが吉田東洋暗殺を否定し続けていても、きっと岡田以蔵が自白するに違いない。

そう思った武市半平太は、薬と偽って毒を岡田以蔵に渡しました。しかし、武市半平太の魂胆に気づいた岡田以蔵は、毒を飲まず一部始終を自白して処刑されました。


武市半平太に利用された岡田以蔵はとても哀れです。でも、岡田以蔵を利用していた武市半平太も、実は土佐藩に利用されるだけの存在でした。世論が勤皇に傾いた一時だけ、土佐藩武市半平太を利用していたのです。

維新形成が藩規模でおこなわれるようになると、暗殺は消える。藩単位での謀略戦が活発になる。だからワルイヤツほど生きのこる結果になる。個人行動が鳴りをひそめて、集団による理屈戦になる。
(142ページ)

幕末に散った多くの志士は、その名を忘れられます。坂本龍馬中岡慎太郎のように有名な志士は稀です。

明治維新はワルイヤツに使い捨てにされた人々が、縁の下の力持ちとなって実現したのでしょう。

広告を非表示にする