ウェブ1丁目図書館

読書で得ること感じること。ここはウェブ1丁目にある小さな図書館です。本の魅力をブログ形式でお伝えしています。

群集心理が正義を作る

ファミリーレストランで食事する時、何を食べようか迷うことがあると思います。そして、友人同士などのグループだと、その中の誰かがカレーライスを注文すると、他の人も同じようにカレーライスを注文することがよくあります。むしろ、全員が違うメニューを頼むことの方が少ないでしょう。

カレーライスが美味しいかどうかは、それほど重要ではなく、ただ他の人がそうするのなら自分もそれで構わないという態度の表れがメニューの全員一致なのかもしれませんね。

存在しないものを知ってると言う

自分の行動を人に合わせることは、合理性よりも安心感を重視しているように思えます。自分だけが違う行動をすると不安になるから他人に合わせる人もいるでしょう。

遠藤周作さんの著書「足のむくまま、気のむくまま」に興味深いことが書かれていました。

ある時、遠藤さんは宝塚出身の女優さんからインタビューを受けることになりました。スタジオにはその女優さんのファンも入り込んでいたそうです。遠藤さんは合唱団に所属しており、インタビューではそのことにも触れられました。そして、女優さんが遠藤さんに何か歌って欲しいと言います。

遠藤さんは固辞していたのですが、何度も歌って欲しいとせがまれたので、アメリカで大ヒットしているモンキー・ドライバーを歌うことにしました。しかし、女優さんはモンキー・ドライバーを知りません。近くにいた若い男性アナウンサーは知ってるとうなずき、スタジオにいた5、6人の女の子も知ってると手をあげました。

女優さんにせがまれた遠藤さんは、いよいよモンキー・ドライバーを歌い始めます。ところが、遠藤さんが歌いだしたのは「お猿のかごや」でした。そう、モンキー・ドライバーなどという歌は存在しなかったのです。

それなのにスタジオには、モンキー・ドライバーを知ってるという人が数人いたのですからおもしろいものです。

群集心理は理性を曇らせる

モンキー・ドライバーの例をみても、人は周囲に合わせたいという気持ちがあるのでしょう。遠藤さんがアメリカで流行中だと言えば、数人の人が手をあげたのも、一種の群集心理だと言えます。

この群集心理が怖いのです。

群集心理というのは、時として我々の目を盲目にする。特に正義という錦の御旗をかかげた時の群集心理は、一人一人の人間の理性を曇らせる場合がよくある。私のような戦中派の世代は、その症例を戦争中にも戦後にもイヤになるほど味わわさせられた。
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多数派につくことが正義だと思い始めると、少数派を悪とみなすようになるでしょう。しかし、多数派が正しく少数派が間違っているとは限りませんから、多数派が正義ではない場合だってあります。

そして戦争のにがい体験が私たちに教えてくれた教訓の一つは、たくさんの人間が正しいと言っていることは必ずしも正しいとは限らぬということだった。
群集は誰かを苛めるとき快感を感じる。特に権力をふるっていた者がみじめになるのを見るのは楽しい。その楽しさと快感とを正義の名のもとに味わえば、更に楽しい。
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自分が他者を批判したくなる時、それは群集心理に左右されているのかもしれません。遠藤さんは、「批判を行う時、自分の理性が群集心理に左右されて盲目にならぬように努めるのもまた、正義だと考えている」と述べています。他者を批判したくなった時、その感情は周囲への同調で湧き上がってきたものかどうかを確認してはいかがでしょうか。

集団を守る心理

多くの人は孤独よりも集団に属することを好みます。独りが気楽でいいと言う人でも、どの集団にも一切属していないと不安に感じると思います。ある集団に属すると、人はその集団を守りたくなるのかもしれません。集団の構成員の多くがそう思うと派閥争いが始まるのでしょう。

遠藤さんは医療に不信感があるのか、著書で医学についていろいろと文句を言っています。その中で興味深かったのは、西洋医学が東洋医学を蔑視していると主張している点です。これもまた群集心理の一つでしょう。

なぜ日本では東洋医学が蔑視され、西洋医学が優遇されたか。理由は実に簡単で、西洋医学が伝染病につよく、東洋医学は伝染病の治療に時間がかかるため、軍事医学として不向きだったからである。更に東洋医学には学問的なデータがないという勝手な判断が、これに加わった。
(272ページ)

戦場で感染症が蔓延すれば、師団や旅団が戦わずして壊滅的な打撃を受けてしまいます。集団を守るためには、病原体を一気に駆逐する薬剤が重宝されますし、兵士全員にワクチンを接種させることも有効な手段となるでしょう。

東洋医学や漢方は患者ごとに治療内容が異なります。しかし、戦場で兵士一人一人にオーダーメイドの治療なんてできませんから、統計的な手法で出された結論に従い、ある症状に対しては一律で同じ治療をした方が効率的です。病気で亡くなる兵士がいても、師団や旅団の全滅を防ぐ方が大事ですから、病原体の伝染を早期に防ぐ西洋医学が重宝されるのはよくわかります。

伝染病に感染した兵士は隔離されるなど、他の兵士に病気をうつさないように何らかの対応がとられるでしょう。そして、集団を守るべきだと考える多くの兵士が、感染した兵士の隔離はやむを得ないと思うはずです。

その場の雰囲気に流されない人もいる

遠藤さんは、駐車違反で車をレッカー移動されたり、スピード違反で罰金を払ったことがあります。遠藤さん自身が運転していたわけではないのですが、何度かそういう場面に遭遇しています。

スピード違反で罰金を払う時ほど、お金をドブに捨てたと同じ気持ちになることはない。

そう思った遠藤さんは、秘書とネズミとりに引っかかった時の対応について打ち合わせをします。その内容は、警官の前で遠藤さんが秘書を罵倒し「君をクビにする」と告げるというものです。そんな場面に出くわしたお巡りさんは、同情して見逃してくれるに違いないと考えたからです。

そして、ある日、スピード違反でお巡りさんに車を止められた時、遠藤さんは上の芝居を始めました。しかし、お巡りさんは秘書に「こわい社長さんだねえ」と言っただけでスピード違反を見逃してくれませんでした。

クソ、と思った。やはり日本の警視庁はすごい。我々の猿芝居にはひっかからない。
(258ページ)

こんな猿芝居でスピード違反を見逃してくれるわけはないでしょう。世の中には、その場の雰囲気に流されない人もいるのです。


遠藤さんは、著書の中で好き放題に自分の主張を述べています。もしも、遠藤さんがSNSで発言しようものなら、すぐに炎上するでしょう。群集心理に左右されて、自分がやっていることは正義だと思い込んでいる大多数の人たちに。