2016-04-30 南朝が正統とされるのは後醍醐天皇に徳がなかったから 日本史 14世紀に鎌倉幕府が滅亡し、後醍醐天皇が政治の中心となりました。これを建武の新政といいますが、うまくいかずにすぐに崩壊し南北朝時代に突入します。同じ時代に2人の天皇が皇位につく異常な時代は、足利義満が将軍になるまで続きました。後醍醐天皇が吉野に開いた朝廷が南朝、足利尊氏が擁立した光明天皇側が北朝で、最終的に両統が合一した後は北朝系が即位し続けています。しかし、明治天皇は南朝が正統だとおっしゃっていますから、現代では南朝を正統としています。 続きを読む