ウェブ1丁目図書館

読書で得ること感じること。ここはウェブ1丁目にある小さな図書館です。本の魅力をブログ形式でお伝えしています。

日本史

徳川家康の御三家創設は血統の保険

江戸幕府を開いた徳川家康は、将軍職を代々徳川家が世襲するために徳川の血が絶えないよう様々な工夫をしました。その一つが尾張、紀伊、水戸の御三家の創設です。それぞれの初代藩主は徳川家康の子です。万が一徳川宗家の血が絶えても、御三家から将軍を擁…

会津戦争に見る正義

1868年の戊辰戦争で、最大の激戦地となったのは会津でした。会津藩は幕末に藩主の松平容保が京都守護職を勤めており、不逞浪士の取り締まりを行っていました。取り締まりを受けた多くは長州藩士や土佐藩士。戊辰戦争初戦の鳥羽伏見の戦いで薩摩と長州を中心…

奥羽越列藩同盟の瓦解は仙台藩の失策が大きかった

1868年に起こった戊辰戦争は、1月の鳥羽伏見の戦いから翌年の五稜郭の戦いまで続きました。戊辰戦争は、初戦の鳥羽伏見の戦いで薩長を中心とした新政府軍が旧幕府軍に勝利したことが大きく、その後の戦いも新政府軍の優位は変わらずに函館五稜郭で旧幕府軍が…

織田家から政権を奪い取った豊臣秀吉の謀略

天下分け目の天王山。プロ野球もシーズン終盤の首位攻防戦になると、中継でアナウンサーがよく口にします。ここを勝てば優勝がほぼ決まるといった大事な試合を「天王山」と表現することがありますね。天下分け目の天王山とは、1582年に豊臣秀吉と明智光秀が…

中途半端に結果を残して早世すると後世に高く評価される

偉大な業績を残した歴史上の人物を挙げていくと不思議なことに気付きます。それは、何かを完結させた人よりも志半ばで世を去った人の方が高評価を受けるということです。明治維新を実現した木戸孝允や大久保利通よりも、日本の夜明け前に暗殺された坂本龍馬…

織田信長の経済政策と鉄砲の活用

戦国乱世を統一したのは豊臣秀吉です。また、その後の泰平の世を築き上げたのは徳川家康です。どちらも偉大な業績を残しましたが、2人が活躍できるようにしたのは織田信長です。豊臣秀吉も徳川家康も織田信長が敷いたレールの上を進むことで、スムーズに天下…

見廻組の活動は謎に満ちている

幕末の京都に見廻組という組織がありました。組織の目的は不逞浪士を取り締まること。同じ目的として結成された組織に新選組があります。こちらは浪士を募って結成した組織で、浪士が不逞浪士を取り締まることから「毒を以て毒を制す」と表現されました。一…

織田信長が宗教弾圧者だったら本能寺の変は起こっていない

織田信長の最期の地は京都の本能寺でした。家臣の明智光秀の謀反により、天下一統の目前でこの世を去りました。明智光秀が信長に背いた理由は謎のまま。様々な説がありますが、確証が得られていません。謎と言えば、信長が本能寺で討たれたことも不可解です…

幕末に散った志士は忘れられる

世界のどこかでテロ事件が発生すると、なぜそのようなことをするのかと疑問に思うとともに日本が平和な社会だと感じます。世界中でテロが起こっていることから、これからは日本国内でもテロが起こる危険があると警鐘を鳴らす人たちがいます。日本だけが特別…

いつの世も外交は世論に流される

日本人が洋服を着始めたのは明治時代のこと。それまでは誰もが和服を着ていたのですが、明治時代になって一気に洋服が普及します。現代の衣装は、ファッションという言葉があるようにその時々の流行によって変化していきますが、明治時代の洋服の普及は流行…

歴史の事実は「わき役」の言い分にも耳を傾けなければわからない

歴史の通説を作るのは勝者。敗者の言い分が通説に盛り込まれることは少なく、また、わき役たちが重要な役回りを演じても過小評価されている場合があります。歴史上の敗者やわき役の働きを正当に評価した史料もありますが、その内容が紹介される機会はあまり…

道理か利益か。道鏡を即位させなかった和気清麻呂の嘘。

奈良時代の話。この時代は女性が天皇に即位することが多く、二度天皇になった孝謙天皇(称徳天皇)もまた女性でした。現代も日本には天皇陛下がいらっしゃいます。歴代の天皇は全て男系、つまり、天皇陛下のお父さんのお父さんのお父さんの・・・と、ずっと…

聖武天皇に藤原不比等の血は流れているのか?

奈良の名物ですぐに思いつくものは何か?そう問われた時、多くの人が「大仏」と答えるでしょう。では、その大仏を造立したのは誰かと聞かれた時、「聖武天皇」と答えられる人はどの程度いるでしょうか。おそらく半分もいないと思います。さらに聖武天皇の母…

和と礼

日本の国民性には、どこか曖昧さがあります。言葉を発しなくても、表情で何を言わんとしているのか察するという辺りにも、どことなく曖昧さを感じます。中江兆民は、日本には純粋な哲学が存在しないと嘆きました。日本人特有の曖昧さを哲学として捉えるのは…

商業蔑視が原因で発生した倭寇

現代では多くの国が商業の重要性を認識しています。景気を良くするためには消費の拡大が必要だという考え方も、商業の重要性を為政者が理解しているからと言えるでしょう。しかし、商業の重要性が理解されるようになったのは、人類の歴史の中では最近のこと…

楽市楽座が皮肉にも本能寺の変を成功させた

1582年6月2日に京都で本能寺の変が起こりました。天下統一までわずかなところまで来た織田信長を家臣の明智光秀が討ち取り、再び世の中は戦国乱世に逆戻りするかに思われたのですが、その後、豊臣秀吉が明智光秀を倒し順調に天下を統一していきました。明智…

新選組隊士の日記で見る敗者の明治維新

歴史の節目には必ずと言っていいほど争いが起こります。そして、勝者と敗者が生まれます。歴史は勝者の側からの記録をもとに語られることが多いので、後世の人々は、どしても勝者が正義で敗者が悪と考えがちです。しかし、そもそも歴史において善悪を決める…

フレックスタイムの導入で藩財政を改革した上杉鷹山

江戸時代に財政破綻した米沢藩を建て直した上杉鷹山は、アメリカのケネディ大統領が尊敬する日本人と語ったと伝えられているお殿さまです。江戸時代のお殿さまは「良きに計らえ」としか言わない印象があります。でも、上杉鷹山にはそういったお殿さまのイメ…

会計一円帳と会計帳簿の開示で家臣に藩の財政状態を理解させた上杉鷹山

江戸時代に巨額の借金を背負って潰れそうになった藩がありました。その藩は米沢藩です。戦国時代には上杉謙信のような名将が出て石高を200万石まで伸ばしたのですが、豊臣秀吉の支配下に加わって石高を減らされた後、関ヶ原の戦いでの敗北でも領土を削られ30…

稲作は戦争とセットで輸入された

日本に稲作が伝来したのは縄文時代とされています。その後、稲作は徐々に普及していき、弥生時代には貯蔵できるまでにコメの生産量が増えました。農具の発達、分業体制、コメの貯蔵による社会的剰余の発生。狩猟採集だけで生活していた頃には考えられなかっ…

南朝が正統とされるのは後醍醐天皇に徳がなかったから

14世紀に鎌倉幕府が滅亡し、後醍醐天皇が政治の中心となりました。これを建武の新政といいますが、うまくいかずにすぐに崩壊し南北朝時代に突入します。同じ時代に2人の天皇が皇位につく異常な時代は、足利義満が将軍になるまで続きました。後醍醐天皇が吉野…

坂本龍馬を暗殺したのは会津藩か?

幕末維新の英雄坂本龍馬。彼を暗殺したのは誰なのかといったことが、何年かに一度話題になります。幕府か、薩摩藩か、長州藩か、土佐藩か、新撰組か。でも、坂本龍馬暗殺の実行犯は、すでに京都見廻組であることが明らかです。したがって、今後新しい史料が…

縄文人と弥生人は同じ日本人なのか?

日本人とはいったい何者なのでしょうか?日本列島に住んでいるのが日本人。そういうことになるのでしょうか。江戸時代の日本人も日本人ですし、その前の安土桃山時代の日本人も日本人です。室町時代、鎌倉時代、平安時代、奈良時代とさかのぼっていっても日…

戦前の軍国主義と戦後の平和主義は元寇までさかのぼる

鎌倉時代に日本を窮地に陥れた大事件と言えば元寇です。元寇は、モンゴルから興った大帝国「元」が海を渡って、日本を支配下に治めようとした事件で、それまで他国の脅威はあったものの侵略されそうになったことはこれが初めてです。しかし、日本は元に侵略…

邪馬台国は統一国家か地方政権か

日本には、3世紀頃に邪馬台国という国があったようです。歴史の教科書にも出てくるので、邪馬台国は実在していたのでしょうが、邪馬台国が固有名詞だとは言い切れず一般名詞であった可能性が捨てきれません。邪馬台国があったとされる場所も、九州説と畿内説…

古事記と日本書紀で異なるヤマトタケル伝説

日本の誕生から古代の歴史までを記録した史料に古事記と日本書紀があります。両者を合わせて記紀と称されることもあります。両者の記述は、似ている部分もあれば異なっている部分もあります。古事記が国内向けであるのに対して、日本書紀が海外向けであった…

江戸時代の寺子屋は商学や経営学を教えるビジネススクールだった

手習いに上げて我が子を見違えるこれは、江戸時代に自分の子供を寺子屋に通わせた親が、我が子の急速な成長に驚いている様子を詠んだ川柳です。江戸の子供たちは、5歳から8歳になると寺子屋に通い「読み、書き、そろばん」を習いました。多くの子供たちが寺…

平安時代と現代日本は法的な軍隊を持っていない点で共通している

平安時代。現代人が想像するこの時代は、平和的で雅な社会といったところでしょうか。戦争も末期になるまでそれほど起こりませんでしたし、処刑制度もなかった時代ですからね。この平安時代は、現代の日本社会と非常に似ている部分があります。それは法的な…

南京事件は日本人特有の責任の曖昧さから起こったもの

1937年12月13日から約3ヶ月間にわたり、中国の南京が日本軍に占領されました。その占領中、南京事件と呼ばれる日本軍が組織的に30万人の中国人を大虐殺した事件が起こったとされています。これを中国側では「南京大屠殺」と言い、日本では「南京大虐殺」と言…

新選組始末記を読んでおけば新選組の時代小説が一層楽しめる

新選組を題材とした時代小説はたくさんあります。ちょっと思い出してみたところ、司馬遼太郎、池波正太郎、津本陽、広瀬仁紀などの作家の名があがりました。どの作家の新選組の小説も、それぞれの個性があっておもしろいですね。でも、新選組の時代小説を読…